約1年の延期が決まった東京五輪。本連載「コロナ禍のアスリート」では、まだまだ先行きが見えないなかでメダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。今回は、競泳男子200メートル平泳ぎで東京五輪出場を狙う佐藤翔馬(19=慶大2年、東京SC)の素顔に迫った。
少年野球時代は、清宮幸太郎の1学年後輩
東京五輪出場を狙う19歳の佐藤翔馬は、生後半年から「スパ白金」のベビースイミングに通った。幼稚舎から慶応一筋の生粋の慶応ボーイ。消化器内科医の父が4代目という医師の家系に育ち、幼少時代には自らの意思で野球、サッカー、体操、お絵かき、ピアノなどを習った。少年野球チーム「オール麻布」ではプロ野球日本ハムの清宮幸太郎の1学年後輩。清宮とは小2まで通った慶応スイミングでも一緒泳いだ間柄だ。
1月の「北島杯」男子200メートル平泳ぎで優勝。2分7秒58の好タイムで前世界記録保持者の渡辺一平(23=トヨタ自動車)を破り、一躍注目を浴びた。成長著しく10月の日本学生選手権(インカレ)では世界歴代5位の2分7秒02を記録。150メートルまでは昨夏の世界選手権でアントン・チュプコフ(23=ロシア)の出した世界記録を上回るペースだった。
エリート一家で育ったが、競泳では高校3年まで全国タイトルと無縁だった苦労人。東京五輪直前に頭角を現し「目標は東京五輪での金メダル。来年4月の五輪代表選考会(日本選手権)で、2分6秒台前半を出して五輪につなげたい」と志は高い。
北島康介氏も期待する逸材
東京SCの先輩で五輪の平泳ぎ2大会連続2冠の北島康介氏(38=現東京都水泳協会会長)の背中を追いかけてきた。2009年11月。当時8歳だった佐藤は同じ大会に出場していた北島氏からTシャツにサインをもらった。その大会で平泳ぎで入賞し、平泳ぎを主戦場にする方向性を固めた。母・純子さんは「北島さんのおかげで、やる気に火がついた」と回想。そのTシャツは宝物で、現在も自宅のリビングに飾ってある。
北島氏からも後継者として期待されており、佐藤には「ずっと応援してくださっているので、その気持ちに応えないといけない」との意識もある。現在は北島氏がGMを務める東京フロッグキングスの一員として、ハンガリー・ブダペストで開催されているチーム対抗の賞金大会、国際リーグに出場中。得意ではない短水路(25メートルプール)の大会だが「苦手のターンや一掻き一蹴りの技術を世界トップの選手から学んできたい」とどん欲にレースに臨んでいる。
身長1メートル77、体重74キロ。決して大柄ではないが、柔軟性とバネを兼ね添えた下半身が推進力の源だ。西条健二コーチは「足首の可動域が人一倍大きく、素早く水をとらえることができる。それが彼の優れている部分」と説明する。武器を最大限に生かすため、週1、2回のペースで下半身の筋力トレーニングに励む。北島氏を育てた競泳日本代表の平井伯昌ヘッドコーチからアドバイスを受け、お尻周りを重点的に強化してきたことが、近年の成長を後押ししている。
男子200メートル平泳ぎの東京五輪代表争いは熾烈だ。渡辺一平と小関也朱篤(28=ミキハウス)という世界トップクラスの2人と出場権を争うことになる。目標に掲げる東京五輪での金メダル獲得には、2分6秒12の世界記録を持つチュプコフ、昨夏の世界選手権銀メダルのマシュー・ウィルソン(21=オーストラリア)らに勝たなければならない。
簡単な道のりではないが、泳ぐ度に自己ベストを更新する佐藤には決して夢物語ではない。「まだまだタイムを上げられる要素はある。世界で勝つためには2分5秒台を出さないといけないと思っている。前半をもっと楽に速く泳げるようにしたい」と世界で勝つイメージもできつつある。
水泳との出合いは、父・新平さんが趣味のヨットクルーズに連れて行くことを見据えて、泳ぎを習得させようとしたことが始まりだった。現在は商学部に在籍しており、家族からは「やる気があるなら、競技引退後に医者になるための協力はいくらでもする」と言われている。競泳界きってのセレブだが、今はTOKYOで表彰台の頂点に立つことだけを考え、愚直に競技と向き合っている。