PERSON

2018.11.03

【松浦勝人】お金があれば、あるだけ使ってしまう

素人目線

結局戻ってきてしまう、居心地のいい場所

お金があれば、あるだけ使ってしまう。昔からそうだった。クルマも何十台と買ったけど、半分ぐらいは1度も乗っていない。家も欲しくなったら、内見もせずに買ってしまう。子供がおもちゃを欲しがるのと何も変わらない。

1999年のことだったと思う。浜崎あゆみのアルバムを作るため、10人ぐらいの作曲家をハワイに連れていって、別荘を借りて合宿をした。最高の環境で、最高の音楽を作ってもらおうと考えた。そこから海側を見ると、お城のような建物が立っている。調べるとそれは別荘で、しかも売りに出ていた。場所も建物も気に入ったから、衝動買いしてしまった。この家には今でも年に1、2回は訪れている。

でも、正直、買ってよかったなと思える別荘はここくらい。そのほかにも何軒か別荘を買ってみたけど、行ってもやることがないとか、補修に莫大な費用と時間がかかるとか、そんな理由で手放してしまった。今は反省して、できるだけ衝動買いをしないように気をつけている。

エイベックスが町田から青山に移転した時、僕は横浜に住んでいたので通勤時間が長くなった。そこで、都内の私鉄沿線にマンションを借りた。電車の乗り換えなしで、7分で表参道に着く。ものすごく便利だった。

当時はひとり暮らしだったので、毎晩酔って帰ってきて、そのままリビングのソファで寝てしまう。これでは身体に悪いと思って、リビングにベッドを入れた。結局、僕には広めのワンルームが使いやすくて、リビング以外の部屋はほとんど使わなくなってしまった。

そのうち電車で通うのも面倒になって、会社に歩いて通える場所にマンションを借りた。その頃、30歳ぐらいだったと思うけど、ある経営者の方と食事をして、プライベートルームだという所に連れていってもらった。敷地は広いのに戸数は少ない超高級マンション。ドアを開けたら壁も床も大理石。内装を自分好みにいじりまくっている。

それを見て、家をいじるというのは面白いなと思って、自分でもやってみたくなった。青山にマンションを借りて、内装をいじりまくった。その頃は熱帯魚に凝っていたから、水槽だらけの家にした。

家をいじるのは楽しかったけど、落ち着かない。いつも工事の業者がいる。音がうるさいし、玄関も靴だらけで自分の靴を脱ぐ場所がない。ある日帰宅したら工事の人が出てきて、「おたく、どちらさま?」と言われてしまう。「おれんちなんだけど」って言っても信じてもらえない。自分の家なのに、まったく寛げない。

しかも会社から近いので、いろいろな人が遊びに来る。そのうち、いったい誰の家なんだかわからなくなっていった。朝、会社に行こうとすると、知らない人が「いってらっしゃい」なんて見送りをしてくれる。誰かの知り合いなんだろうけど、僕はよく知らない。仕事が終わって帰ると、その人たちがまた「お帰りなさい」と出迎えてくれる。すごく出入り自由な家。それはそれで楽しく遊んでいた。

だったら、みんなで遊べて、自分も寛げる理想の家を作ろうと、500坪の土地を買って、家を建てることにした。僕の注文はふたつ。半地下にクラブスペースを作って、防音を完璧にすること。居住スペースは部屋で区切らず、ものすごく広いワンルームにすること。これだけ。

ところが工事がおおごとになってしまった。地下10何mを掘って、そこにクラブスペースを作るから、運びだす土砂の量と流しこむコンクリートの量が半端じゃない。その閑静な住宅地は、幹線道路から外れていて、意外に道が狭い。そこにトラックとミキサー車が並ぶものだから、道路がひどい渋滞になってしまった。塀もコンクリート造りの高いものにしたので、外から見ると刑務所のように見える。それ以降、あの住宅地では地下の深さと外塀の高さの制限がで
きたと聞いている。

防音は完璧だった。二重扉になっていて、手前のドアを閉めないと奥のドアが開かない構造なので、まったく音が漏れない。どれだけ深夜に爆音を出しても、苦情は1度もこなかった。

ところが青山からは、やっぱり遠いんだよね。歩いてふらりと行くわけにいかないし、お酒も入るから、クルマも使えない。遠いからみんな来ない。呼べばさすがに遊びに来るけど、なんとなく迷惑そうな顔をしている。

世間から見れば、高級住宅地に建つ豪邸だったと思う。でも、決して居心地がいいわけではなかった。常識外れの広いワンルームにしたので、何をするにも
いちいち遠い。冷蔵庫に飲み物を取りに行くだけでも、結構な距離を歩かなければならない。モノをどこに置いたかわからなくなって、年がら年中、何かを
探して歩き回っている。広い庭もあったけど、手入れが大変で、常に業者が出入りしていたので、落ち着かない。

みんなで入れるように大きなジェットバスも作った。でも、塩素を注入するなどの準備が必要で、水を入れるのに丸1日かかる。今日入りたいと思っても、明日にならないと入れない。

クラブスペースもあったから、電気代が月100万円もかかる。なんだか、とんでもないものを作っちゃったなぁとしか思えなくなっていった。

今は、会社の近くにマンションを借りている。清掃サービスつきなので、自分で何もしなくていい。ものすごく広いわけではなく、ちょうどいい広さ。多少、家電製品や家具を入れ替えているけど、昔のように内装をいじり回そうとは思わない。

結局、青山に戻ってきてしまう。結局、普通の部屋に行き着いてしまう。僕は港区の半径1㎞ぐらいの狭い範囲で暮らしていて、青山ではジャージにサンダル姿でごはんを食べに行ったりしている。わざわざお洒落をして歩いている人から見れば、すごく違和感があるかもしれない。でも、それが気にならなくなった。長い時間をかけて、ようやく僕は居心地のいい場所を見つけることができた。

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=有高唯之

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年1月号

シャンパーニュの魔力

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年1月号

シャンパーニュの魔力

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ1月号』が2024年11月25日に発売となる。今回の特集は“シャンパーニュの魔力”。日本とシャンパーニュの親和性の高さの理由に迫る。表紙は三代目 J SOUL BROTHERS。メンバー同士がお互いを撮り下ろした、貴重なビジュアルカットは必見だ。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

SALON MEMBER ゲーテサロン

会員登録をすると、エクスクルーシブなイベントの数々や、スペシャルなプレゼント情報へアクセスが可能に。会員の皆様に、非日常な体験ができる機会をご提供します。

SALON MEMBERになる