PERSON

2018.09.06

【松浦勝人】会長として進む道、その分岐点にて

matsuura180906

自分はすごいと思った瞬間に成長は止まってしまう

社長から会長になることで、ひとつの区切りがついた気がしている。既存事業は新社長に任せて、新規事業を創っていく。それが会長としての僕の一番重要な仕事。それ以外にもいわゆる会長業のようなものもある。音楽業界全体に貢献するような仕事。そういういろいろな選択肢があるなかで、これから会長として、どの仕事をどのようにしてやり、会長としてどういう姿形を作っていけばいいのか、それを今考えている。

区切りの時期なので、長期休暇をもらおうかとも考えた。よく、会社を転職する人が消化し切れなかった有給休暇を利用して長期休暇を取り、リフレッシュしてから新しい会社に行くというようなことをしている。そういうこともしてみたほうがいいのかなとも考えた。僕が長期休暇を取るとしたら、今しかタイミングがないとも思うし。

休みたいというよりも、休んだほうがいいんじゃないか、休むべきなんじゃないか。それほど身体がくたびれている。毎日、あちこちが痛い。膝から太腿のあたりが冷たくて、夏でも温めていないとつらい。以前、病院に行って、膝の皮膚温を測ってもらったことがある。医者は、そんな症状はあり得ないと首を傾げる。皮膚温も正常。冷たくなっているわけじゃない。

僕には原因がわかっている。すべてメンタルの問題。メンタルが崩れると、頭痛、肩こり、腰痛、冷えと身体のあちこちに症状が出てくる。自分では気がつかないけど、24時間身体が緊張していて、筋肉に力が入りっぱなしになっているんだと思う。

メンタルのいい時と悪い時の周期があって、それが交互にやってくる。誰にでもあると思うけど、僕の場合、上がり下がりの振り幅が大きすぎる。調子がいい時はアイデアがどんどん湧いて仕事もはかどるけど、悪くなると不安や不満が膨らみすぎて、何もできなくなってしまう。

去年の10月ぐらいからはずっと調子がよくて、このいい状態を落とさないように、鍼に通ったり、お酒をやめてみたり、いろいろな方法で身体に気を使ってきた。それでも、5月ぐらいに、それまでずっと悩んでいた深刻な問題が解決して、ほっとして気を抜いた瞬間に、心の奥の不満が顔を出した。この2ヵ月ぐらいは、ほぼ毎日、自分のメンタルと戦っている。

医者は医者としてできる治療、アドバイスをくれるけど、それはすべて僕にとって無理なことばかりだ。以前、紹介された精神科医に診てもらったけど、「うつ状態ですね。今すぐ仕事を休むか、辞めてください」と言う。そう言われることはわかっていて、「無理です、辞められるわけないですよ」と言うと、「自分の身体と仕事、どっちが大切なんですか」と言う。

いろいろカウンセリングをしてもらうなかで「もう少し自分のことを評価してあげてください」とも言われた。自己評価が低すぎますと。そうなんだ、じゃあ、僕はほんとうはすごい人間だと思ったほうがいいのか。でも、僕は自分のことを「だめだ」と思っていて、どこまでやっても「まだまだ足りない」と考える。きっと、だから僕もエイベックスもここまで成長することができた。多分、「自分はすごい人間」と思った瞬間に成長は止まってしまう。結局、このアドバイスも僕には役に立たない。

どういうきっかけで、気分が上がったり下がったりするのか、それがわからない。でも、根本にあるのは、僕のなかに常に不安や不満があるからというのははっきりしている。仕事がうまくいかない時はそれに悩み、仕事がうまくいっている時ですら悩みが出てくる。僕の人生の時間軸のなかで、悩みがまるでなかったという時期がない。

じゃあ、仕事を休んだり、辞めたりすればこの苦しみから解放されるのか。それもない。仕事で悩まなくなるだけで、きっと別のところで悩みが生まれて、同じことになると思う。

自分の性格や体質によるものだとしか思えない。もともと学生の頃から夜はほとんど眠れなかった。起業をして貸レコード店をやったり、エイベックスを創業した時には、すでに気分が上下するようになっていた。でも、あの頃はその周期とうまく付き合うことができていた。ところが、エイベックスが大きくなるとともに気分の振り幅も大きくなって、だんだん自分の手には負えなくなってきている。

唯一の解消方法が、何かに熱中することだった。釣りに熱中していた時は、隙があれば釣りをしていたけれど、その分、日々とても密度の濃い仕事をすることができていた。でも夢中になるものが見つからない時は、そのバランスがうまく取れなくて、全部を自分の悩みに使ってしまう。

何か夢中になれるものを見つければいいことはわかっている。でも、それが見つからない。取るに足らないものでもいい。以前、やはり調子が下がっている時、早朝の誰もいない東京の街を散歩するということをやってみたことがある。最初の一歩を踏みだすまでには自分のなかで戦いがあった。でも一歩踏みだしてみると、見たこともなかった朝焼けの東京の風景を目にして、一歩が二歩になり、二歩が三歩になる。自分のなかで、止まったままになっていたものが動きだすのがわかった。

結局、自分の悪い状態を変えられるのは自分だけ。それもわかっている。気分が一番上がるきっかけになるのは、やっぱりアーティストが売れること。あらゆる悩みがどっかに消えて心から嬉しくなるし、社員の士気も上がって社内の空気が変わってくる。新規事業に夢中になるのもいい。Entertainment×Techという領域は僕にとっても未知のことだから、ものすごく刺激を受ける。仕事で生まれた悩みは、仕事で消すしかない。それもわかっている。

例年だと、そろそろメンタルが上がってくる時期にあたる。あと少しの間、自分のメンタルと戦いながら、会長として何をやるべきなのか、じっくりと考えておきたい。

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=有高唯之

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