PERSON

2018.06.29

【松浦勝人】エンタメ業界もキャッシュレス化される

matsuura180629

アーティストの価値を、数値化して可視化する

6月の株主総会での承認を経て、僕は会長になった。社長業というのは、事業だけでなく、経理や総務、人事といった間接部門も見なければならない。そのなかで、会社の組織構造を大きく変え、新社屋へと建て替え、ロゴを変え、タグライン(企業理念)を再定義してきた。それらをやりながら、同時に新規事業も考えるというのはさすがに時間が足りない。だから、既存事業に関しては新社長に任せ、僕はこれから新規事業を生みだすことに専念する。

僕としては、音楽プロデューサーに専念していた頃の、専務という肩書に戻ってもいいのだけど、会社的にはそうはいかないという。会社も30年が経ち、平成も終わり、小室哲哉さんも安室奈美恵もいなくなる。このタイミングで会長になっておかないと、この先、もうタイミングがなくなってしまうと思った。CEO(最高経営責任者)であることは変わらないし、CEO直属の直轄本部が、僕直属であることも変わらない。

新規事業のアイデアはいくつも頭のなかにあるけど、以前から考え続けているのが、アーティストの価値を数値化し、可視化する仕組みのこと。そして、仮想通貨取引のように売買できるようになったらどうだろう。面白いことが起こるのではないか、ということ。

デビューしたての新人の価値はまだ0に等しい。しかしそこに投資をし、アーティストが成功すれば、価値は何万倍にもなる。ベンチャー投資も、事業内容だけでなく、社長の〝人〞を見て投資を決めるようなところがある。〝社長〞に投資していいのなら、〝アーティスト〞に投資してもいいんじゃないか。

もちろん、僕たちにとってアーティストは貴重な財産。その価値を毀損(きそん)するような仕組みであっては意味がない。具体的にどんな仕組みに落としこんだらいいんだろうか。僕の頭のなかで、仮想通貨やブロックチェーン、キャッシュレス決済という言葉がぐるぐる回っている。

『お金2.0』の著者であり、メタップスの社長である佐藤航陽さんとお会いする機会があった。メタップスは「プリン」というQRコードを利用したキャッシュレス決済を運営している。使ってみて、面白いと思った。お店の支払いに使えるのは当然として、個人同士でも簡単にお金の受け渡しができる。

例えば、友達とご飯を割り勘で食べた時、ライブ会場で友達にグッズを買ってもらった時など、手元に小銭がなくても、アプリ上で簡単に支払ができる。個人間で簡単に電子マネーをやり取りできる時代になるということが、強く僕の頭に残った。

実は、もともとCEO直轄本部から「キャッシュレス決済をやりたい」というプレゼンはあった。いろいろと議論を重ねながら、これが形になって、子会社「エンタメコイン」を設立することになった。

僕らのお客さんである音楽ファンは10代が多く、クレジットカードを作ることが難しい。だから、チケットやグッズを買うのも、朝早くから並ぶ。寒い冬の朝でも、暑い夏の炎天下でも。これはなんとかしたかった。

エンタメコインでは、専用アプリのなかから、コンサートのチケット、グッズ、音楽配信などが、電子マネーで購入、支払いできるようになる。さらに、コンサートに行けなくなったら、チケットを定価で公式転売できる仕組みも入れる。政府は、キャッシュレス決済比率を2025年までに40%に高めるという目標を掲げている。その通りいけば、エンタメ業界もキャッシュレス化されていく。

その時、他社の決済システムを利用すると、決済手数料を取られることになる。この手数料が増え、いつか利益を圧迫する。だから、自前のキャッシュレス決済を持つ必要がある。と、考えるのが普通の企業。

もう一度エイベックスの中心に戻る

僕らは、アーティストのファンが何を買っているか知りたい。そのデータの活かし方も普通の企業とは違っている。「この集団は、このジャンルの商品を買っているので、その商品を販売し、広告を配信しよう」と、考えるのが普通の企業。

僕らは、既存の商品を持ってくるのではなく、アーティストにオリジナル商品を作ってもらう。でも僕らが言ったところで、アーティストは自分が好きなものでないと、作らない。以前、浜崎あゆみが尻尾のキーホルダーをつけたら、街を歩いている彼女のファンがみんな尻尾をつけたことがあった。浜崎あゆみに尻尾をつけることができるのは、彼女自身だけ。それがわかっているから、ファンがついてくる。普通の企業は、尻尾のキーホルダーは作れても、浜崎あゆみオリジナルの尻尾は作れないし、彼女につけてもらうこともできない。こうして流行を生みだせるのは、コンテンツとアーティストを持っているエンタテインメント企業の強み。

そこから先の、アーティストとファンの絆を強める仕組みもすでに開発に入っている。具体的にはまだ、話せないのだけれど、一方で個人的には決まってなくても、プロジェクトを外に話しちゃうって作戦もありかも、と思う気持ちもある。「会社1.0」の発想でいけば、新規事業は内容が固まってから、公式発表をするのが常識。でも、今回僕たちは、中身がまだ決まっていない部分を残しながら、エンタメコイン設立の発表をした。エンタメコインの事業を実現するには、パートナーが必要。そのパートナーが決まっていない段階で、「子会社設立」「利便性を高める決済手段を提供」ということだけを発表した。

でも結局、僕たちのキャッシュレス決済の中心になるのはコンテンツとアーティスト。僕たちは、決済事業をやって儲けたいわけじゃない。中心にあるコンテンツ、アーティストの価値をさらに高める仕組みのひとつとして、決済手段を作る。中心にあるのがコンテンツとアーティストであることはずっと変わらない。僕は、社長業から解放されて、そのエイベックスの中心にもう一度戻っていく。

TEXT=牧野武文

PHOTOGRAPH=有高唯之

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