不動産業界としては最年少の28歳で上場を成し遂げた杉本宏之氏。しかしリーマンショックで風向きが変わり、30歳にして400億円もの負債を抱えて地獄を見た。ただしそこで終わらず、大失敗という経験を糧に再起。復活の礎となった経営哲学は、仕事着や持ち物にも投影されている。
仕事でもプライベートでも資産価値を重視
会社の民事再生に個人の自己破産。そんなどん底を経験したSYホールディングスの杉本宏之会長は、本格的な再起に向けてファイナンシャルリテラシーを磨き、お金に対する価値観も変化した。“収入を生まない物は資産ではなく無駄な荷物である”。これはグループの役員に向けた『行動指針』の一節だ。そんな哲学をプライベートでも徹底。高額なものを購入する際には資産価値を調べる習慣が身に付いている。
「なんでも資産価値としてどうなのかと見当するようになりました。時計や服、クルマや家具、ワインやアートなど、すべてです。よいものや希少なものは高く売ることもできますから」
購入後に資産価値が上がった持ち物の代表がロレックスのデイトナだ。
「上の黒文字盤のデイトナは“6263”という型番で、いわゆるビッグ・デイトナ。15年前に200万円くらいで購入したものが1000万円くらいになっています。いちばん下も同じく”6263”でポール・ニューマン モデル。700万円くらいで手に入れたのですが、今は4000万円くらいになっているそうです。インスタであげたら、とあるオークションハウスの方から直接問い合わせがきました。中央はイギリスのウォッチブランド、ヴァンフォードがカスタムした限定1本というモデル。オークションなどでは人気が高く4~500万円くらいになるそうです。
時計は全部で6本所有していますが、コレクションしているわけではなく、心の底から本当に欲しいと思ったものを買い足して実際に使っています。そのうちの5本がデイトナです。デイトナが好きな理由は、デザインが完成されているから。すごくシンプルにまとまっていますよね。子どもの頃から憧れていました。実際に購入するまでには、世界中のオークションサイトを比較したり、10万円ほどの『ロレックス大辞典』をヨーロッパから取り寄せたりしてじっくり見当しました。値段が下がりそうだと判断して、ギリギリのところで買わずに踏み留まったことだって何度もあります。無駄なものは買いたくありませんから。
もちろん、好きなものじゃないものも買いません。好きなものが資産価値につながったらいいなと考えて調べるようになったということです。好きなものだから飽きることなく時間もお金もかけてじっくりと選ぶことができます。それは仕事である不動産も一緒です」
本格的な再起に際しては潰れない不動産会社を目指し、無駄な投資をしないように“譲れない一線”を引いた。具体的には、新たに物件を仕入れるエリアを都心16区、主要駅から徒歩7分に限定。自社で保有するするビルなどはさらに絞り込み、渋谷区と港区に限定するところからスタートした。当然、将来性や人口動態などを吟味した結果だ。
「結局は需給バランス。土地がない港区でみんなが欲しいと思えば価値は上がります。需要の高い都心の物件は有利なんです」
長く使えるシンプルで上質な仕事着だけを選ぶ
仕事着に関しては、資産価値が上がるものばかりを選ぶのは難しい。そこで、“長く着られる”という視点も大切にしている。
「ビジネス用のアイテムに関しては、トレンドとは関係なく長く使えるものを選んでいます。スーツはほとんどがセミオーダーのトム・フォード。ジレを誂えることも多いですね。10着くらい持っています。
トム・フォードは仕立てが抜群で、素材もぜんぜん違います。10年ほど着用しているスーツもありますが、まったく形が崩れません。ネクタイも作りがよくて質感も滑らか。ディンプルが美しくしっかり出るんです。トム・フォードのネクタイは本当に別格です」
撮影時に着用していたダブルのスーツもトム・フォードで仕立てたもの。靴はベルルッティのオックスフォードで、眼鏡はディータのロイスだ。スーツはほかに、ブルネロクチネリやジョルジオ アルマーニも愛用。革靴はジョンロブを履くことも多いが、どれもシンプルで上質なものを選んでいる。
「今のスタイルに落ち着いたのは35歳の頃。トレンドを意識したり、いろいろなブランドを試したりもしたのですが、本当に上質なものを選ぶ今のスタイルがしっくりきていますし、自分に合っていると思っています」
ビジネスシーンで愛用しているバッグはエルメスのバーキン。長く使える品質はもちろん、人気が高く資産価値も計算できる名作だ。そして、財布もエルメスのベアン。品質はもちろんのことだが、愛用している理由はほかにもある。上場の記念に社員全員から贈られたものだからだ。実は冒頭で紹介したグループ役員向けの『行動指針』にはこんな一節もある。“人間こそが最重要資産である”。社員第一主義を貫き、社員を家族と考える堅実な経営哲学も持ち物が物語っている。
また、オフ用のカジュアルな私服でさえも資産価値のある長く付き合えるアイテムをセレクト。ルイスレザーのレザージャケット、ゴローズのシルバージュエリー、ヴィンテージのリーバイス501XX、ナイキのヴィンテージ・スニーカーなどが象徴的だ。
「上質なヴィンテージに価値があるのは服もマンションも共通。いい立地でランドスケープのデザインや設計思想からしっかり考えられていて、きちんとお金をかけて作られたマンションは自ずと受け継がれて正当に評価されます。服やマンションに限ったことではありませんが、“歴史が価値を生んでいく”という言葉はすごく納得できます。今の事業も、継続できているからこそ価値を認めてくれる人が増えてきました。また逆説的かもしれませんが、時間が価値を生むからこそ“未来が過去を作る”とも考えています」
過去を乗り越えた杉本会長の率いるSYホールディングスの資産価値は、今後さらに認められていくに違いない。
Hiroyuki Sugimoto
1977年生まれ。住宅販売会社を経て24歳で起業。デザイナーズワンルームマンションのデベロップメント事業を始め、プロパティマネジメント、賃貸仲介業、中古マンションの再生販売、一棟収益ビル事業などで事業を拡大し、総合不動産企業に発展させた。2005年に業界最年少で上場を果たすも、リーマンショックの影響を受けて’09年に民事再生を申請。その後、再起して‘10年にSYホールディングスを設立。グループ7社、売上高197億円を超えるまで成長させ、復活を果たす。著書は『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』(ダイヤモンド社)など。