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2017.11.21

建築家 安藤忠雄 圧倒的スケールの個展。格闘する建築家、世界のANDOの生き様に触れる

建築に夢を見て、ビジョンを次々と実現させてすでに半世紀。建築家として、いや表現者として日本を代表する安藤忠雄がこのたび挑んだのは、自らの軌跡をたどる個展だった。史上まれに見る規模を誇る建築展はどのようにして立ち上がり、築かれたのか。その圧倒的な熱量を体感したい。

安藤個展

「我が格闘の軌跡」を大空間に全面展開

すべてが明快、である。

安藤忠雄はこの秋、東京で大きな仕事を成した。建築の竣工ではない。国立新美術館で個展「挑戦」をスタートさせたのだ。

同館は2007年、六本木にオープン。国内屈指の広大な展示スペースを誇り、「ルーヴル美術館展」「ルノワール展」「草間彌生 わが永遠の魂」......。話題の展覧会が常に開かれてきた。

10周年を機に青木 保館長は、

「記念展をぜひ安藤さんに」

と依頼。ネームバリューや業績に鑑みてふさわしい人選なのはわかるが、懸念材料がひとつ。建築がテーマの美術展は、見応えあるものにするのが難しいのだ。絵画や彫刻は実物の作品を並べればいい。建築だとそうはいかず、模型や写真で建築例を見せるのが基本。それで大空間を埋めるのは至難の業である。

安藤の決断は早かった。「やりましょう!」と即答した。

「そりゃ大変なことだとは思いましたよ。スペースは600坪もあるんですから。しかも、10周年記念だから観客もたくさん呼んでくれと。青木さんもなかなか無茶を言います(笑)」

難儀な話ではある。が、それは慣れっこだ。

「そもそも建築というのは、いつだって困難ばかり。クライアントとは徹底的に話をしてぶつかり合う。土地とも格闘し、関係者や施工業者とは議論を尽くし付き合い抜く。己の力も限界まで出して、ようやくできあがるものです。建築は闘いですよ。緊張感を持って、目の前のものを突き詰めていく。それで初めて、既成の枠組みを乗り越えられる。仕事とはそうやって進めていくものだと思っていますから、個展に対しても同じように格闘しようと考えたまでです」

そう聞けば、展覧会名に「挑戦」とついているのは納得がいく。この一語が、個展で表そうとしたものを十全に示している。

テーマが明確ゆえ、展示構成も迷いがなくわかりやすい。

「会場に入ったら、まずは住宅の仕事を見てもらいます。建築の原点だし、誰にとっても身近なものですからね。模型やパネルで紹介している数十件の住宅は『あれは何だ?』『どうしてこうなっている?』と考えを巡らせたくなるものを選んでます」

1976年竣工の初期代表作「住吉の長屋」もそのひとつ。

「大阪下町の三軒長屋のうちの一軒を、コンクリートで建て替えました。極小の住宅に中庭を設けてあるのは、奇をてらったわけではありません。この住まいに最も必要なものを考え抜いたら、都市で呼吸するための中庭が要るとの結論にいたりました。ベッドルームからトイレへは、雨の日なら傘をささなければ行けない。冷暖房もつけなかったので、寒いし不便じゃないかと当時は不評でした。でも、私はそこでよく考えてほしかった。もともと日本人は、雨や寒さを肌で感じて自然とともに生きてきた。機能性や合理性ばかり求めていては、日本人の美意識を置き忘れてしまわないか。快適であっても何も残らないようではいけない。暮らすとはどういうことか? 生きるとは何か? そう問いかける住宅を私はつくりたい。人の魂に残る空間を、建築は実現すべきです」

住宅群を抜けて、展示は屋外へと続く。歩を進めると、今展最大の驚きが待ち構えている。代表作のひとつ「光の教会」が、そのまま眼前に出現するのだ。

安藤教会

現物は大阪に現存する。ここにあるのは再現モデルでサイズは1分の1、原寸大だ。素材はコンクリート。つまりは展示会場に、代表作を丸ごと建ててしまった。

「建築は写真で見るだけ、本で読むだけではわからない。やはり体験するものです。だから思い切って、実物大でつくってしまおうと決めました。こんなバカげたことをする奴がいるのか! ならば観に行ってみるかとなるでしょう?」

サイズもデザインも実物どおりだが、実は一カ所だけ異なる部分がある。壁面にスリットを入れて表現した十字架部分に、大阪ではガラスが嵌(は)めてある。六本木のそれにはガラスがない。

「実物では施主側の要望でガラスを入れていますが、私は要らないと思っていました。寒かったり雨が降り込んだとしても、だからこそお互い心を合わせて生きていかねばという気持ちになるものです。今回、原寸大をつくるのを機にガラスを外しました。人間あきらめなければ願いはかなうもの。それを建築で示せたらと思いました。私はすべて建築で表すしかありませんので」

会場には、海と島を象(かたど)る巨大なインスタレーションもある。瀬戸内海に浮かぶ直島だ。そこは1980年代末から、当時ベネッセ代表だった福武總一郎(そういちろう)氏と二人三脚で関わってきた土地。打ち捨てられた小島を「アートの島」として再生させてきた。

「30年余りで島内に7件の建築をつくりました。最初は私も『こんな不便な所に人は来ませんよ』と言ったんですが、福武さんは『いや、来る』の一点張り。思いの強さは、人も状況も動かしてしまうものです」

展示終盤では、未来予想図も。2019年にパリで完成予定の「ブルス・ド・コメルス」の巨大模型が見られる。

「パリ中心部にある18世紀末の建造物を、現代美術館として再生します。成熟した都市文化に新しい生命力をどう注入するか。大いなる挑戦ですよ」

広大な会場をひと巡りすれば、誰しも気づく。これは決して回顧展ではない。現役の表現者による夢の途上の経過報告だ。

当の本人もそのつもりのよう。

「そりゃそうです。あと20年は建築の仕事を続けますからね」

会場でひとりの建築家の生きた軌跡と生きる姿勢を見た。

*本記事の内容は17年10月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。

TEXT=山内宏泰

PHOTOGRAPH=筒井義昭

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