iPS細胞の医療応用というと、細胞を移植して治療する「再生医療」のイメージが強いですが、iPS細胞を使った「新しい薬の開発(創薬)」も非常に重要なテーマです。ひとつの薬を開発するには、20年、30年という長い時間と、膨大な資金を要します。私の父が患(わずら)っていたC型肝炎も父の死から25年後に特効薬が開発され、今では治せる病気に。私たちはiPS細胞技術で、現在の創薬プロセスを変えたいと思っています。
Study3「日本ならではの創薬の道筋を作る」
今こそ、大学と製薬会社が直接タッグを組む時です
患者さんから頂いた血液からiPS細胞を作製すれば、かつて手に入れることが難しかった患部の細胞を大量に作れます。病気になった細胞にどんな薬剤を与えればその状態を改善できるのか、いくらでも実験ができるのです。製薬会社は薬の候補となる物質を大量に持っていますので、患者さん由来のiPS細胞に作用させれば、創薬の可能性が広がるはずです。
2014年、当研究所の妻木範行(つまきのりゆき)教授らの研究グループが患者さん由来のiPS細胞を使い、軟骨無形成症の治療に有効かもしれない物質を発見。それは、まったく無関係と思われていたコレステロールを下げる既存の薬でした。このように、既存の薬がまったく別の病気の治療に役立つ可能性についてもiPS細胞によって効率的に調べられるようになりました。iPS細胞には創薬プロセスを変える力があるのです。ただ、私たちには薬の製造はできないので、ある時点で製薬会社にバトンを渡す必要があります。
創薬における「死の谷」を乗り越えたい
そのひとつが、2015年に始まった武田薬品工業(以下「タケダ」)と当研究所(CiRA[サイラ])で行う、大規模な共同研究プロジェクト「T-CiRA」。期間は10年間で、CiRAの研究者がタケダの湘南研究所に常駐する異例の取り組みです。双方の強みを掛け合わせ、研究者たちが密に交流することで、創薬における「死の谷」(※1)を乗り越えたいと考えています。
アメリカでは、「死の谷」をベンチャーが埋めていて、創薬の「種」となる技術をかなり初期の段階から必死に探しています。ベンチャーは、大学や研究所からライセンスを受けた技術を育て、製薬会社に買ってもらいます。資金は投資家や企業が出していますから、投資回収のために薬の最終価格は高くなりがちです。私たちはアメリカのモデルを唯一とは考えず、日本ならではの道を開きたいと思っています。研究所で、寄付金を活用しながら種を芽か苗くらいまで育て、製薬会社に直接渡して、薬価を相対的に安くしたい。T-CiRAでは、大学と製薬会社が直接タッグを組み、長く険しい道を乗り越えていきます。
※1 「死の谷」:研究所や大学の技術が、橋渡し役がいないために製品化されない状況のこと。
山中伸弥の今月のひと言。
昨年末には、教職員一同が集い、毎年恒例のCiRA(サイラ※)忘年会を開催しました。今年も皆と話しながら、大好きなビールを飲むことができて楽しかったです。
※CiRA(サイラ):京都大学iPS細胞研究所の名称