今回は2023年2月10日公開の『小さき麦の花』を取り上げる。連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
なんてことだ……これぞ究極のラブストーリー『小さき麦の花』
間もなくバレンタインデー。私はつい、奥様に何か買ってあげよう的な発想をしてしまうんですが、この映画を観て悔い改めました。本当の愛って、モノじゃないんです! お金じゃないんですよ! 『小さき麦の花』という、去年、中国の、特に若者たちの心を奪った作品。
舞台は中国の北西部にある甘粛省張掖市花牆子(かんしゅくしょう チャンイエ ホアチャンツ)。昔はシルクロードの要衝(ようしょう)で、オアシス都市として栄えたそう。けれど、農業が主業である甘粛省は1人当たりの収入が全国平均よりかなり低いことで知られているといいます。
主人公は兄夫婦にいいように使われている農民のヨウティエ。彼と同じく、家族から疎まれていて、身体に麻痺があるクイインと半ば押しつけられるように結婚し、ふたりの新生活が始まります。ヨウティエは、一年中、畑で働き詰め。ロバと人力のみで土を耕し、麦やトウモロコシを育てる。妻となったクイインも不自由な身体で畑仕事を手伝います。さらにヨウティエは妻のために自分でイチから家を造っていく。これ、21世紀なのか、と驚くほど人力による暮らしぶりですけど、このふたりが労り合っている姿がなんとも愛おしく、尊く見えてくる。
このヨウティエを演じている方は実際に農民で、監督の叔父さんだそうです。腕といい、胸板といい、長年の土仕事のなかでつくり上げられた筋肉は見事。もちろん、農作業の動きも含めて、役者では到底マネできません。妻役の方も現地の方をスカウトしたのかと思ったら、中国の「花嫁にしたい女優No.1」にも輝いたことがあるハイ・チンが演じています。ヨウティエ役の方の家に10ヵ月移り住んで役作りをされたというから、納得の演技。
物語が進むごとにクイインはどんどん美しくなっていくのですが、その理由は、毎日、毎分、毎秒、お互いを大切に思い、思いやりのある言葉をかけ合い続けたからではないだろうか。はあ……滝藤、愛妻家だなって自負していましたが……。恥ずかしい。まだまだ愛が足りませんでした。
『小さき麦の花』
2022/中国
監督:リー・ルイジュン
出演:ウー・レンリン、ハイ・チンほか
配給:マジックアワー、ムヴィオラ
2023年2月10日よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
家族から厄介払いされるように見合い結婚した男女が、昔ながらの農作業をともにするなか、深い愛情を紡いでいく物語。2022年9月初め、公開2ヵ月目で突如、中国の上映中映画の日別興行収入トップに躍りでて、社会現象を巻き起こした。作品の舞台は監督の故郷である、甘粛省張掖市花牆子。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2023年3月19日22時からドラマ『グレースの履歴』(NHK BS プレミアム)全8回がスタート。尾野真千子さんと夫婦役で共演する。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!