公開中の映画『のさりの島』が、「今だからこそ見なきゃいけない映画」と、口コミでじわじわ人気を集めている。米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『おくりびと』の脚本を書き、この作品ではプロデューサーを務める小山薫堂さんに話を聞いた。
いいことも悪いことも受け止める
「今年の全国方言選手権、大賞は……天草『のさり』です!」
“のさり”とは、熊本・天草に古くからある言葉。“自分の今あるすべての境遇は、天からの授かりものとして否定せずに受け入れる”という意味を持つ。
「もし、方言選手権とか、年末の風物詩『今年の漢字』のような『今年の方言』があったら、今だったら僕の故郷の“のさり”で決まりかなって思います。方言には、標準語にはない力を持った言葉がたくさんある。みんなの気分を絶妙に表したていたり、今の時代にフィットしていたり……。そういった意味では、まさにコロナは“のさり”。キリスト教の弾圧や、島原の乱、時代の荒波を経験してきた天草だからこそ生まれた言葉のように思います」
天草を舞台にした、オレオレ詐欺の若者と老女の奇妙な生活を描いた映画『のさりの島』。米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』で脚本を書いた小山薫堂さんは、プロデューサーとしてこの映画に関わっている。
「この映画は、僕が副学長をしている京都芸術大学が手掛けた作品。山本起也監督も映画学科の教授です。最初に本を見せられた時、舞台となる場所に迷っているということだったので、『天草でやってくれませんか』とお願いをしました。
なぜかというと、天草には許す力があると思ったんです。理不尽なこと、納得できないことにも、熊本弁でいう『まぁ、よかよか』みたいな。それがこの映画の内容に通じているなと。
最初のタイトルは『ばあちゃん、オレオレ』でした。でも、僕の50歳の誕生パーティのときに親父がみんなの前で『薫堂は“のさり”の男ですから』とスピーチをして、僕はそれが非常に心に残っていました。まぁ、ここでいう“のさり”は、幸運の意味で、みなさんに出会えたから今がある、”人間万事塞翁が馬”と同じだと思うんですが、そのことを思い出しました。そして、『そうだ、これは“のさり”の映画だ』と。そこで監督にメールをしたら、このタイトルでいこうということになったんです」
映画に登場する映画館、本渡第一映劇は、小山さんが幼少のときに初めて映画を見た場所だ。その他にも、作品には小山さんの思い出や実体験がいくつも登場する。
「代金を入れる牛乳箱、あれもそう。僕の叔父の叔父が喫茶店みたいなものをやっていたんですが、もう年だから、ランチのときとかにレジに自動精算機って書いて置いていたんです。それのなにがすごいかっていうと、ただ箱にお金を入れるだけじゃなく、横におつりが準備してあるところ。
そうしたら普通、盗られるじゃないですか。僕が『これ、金額が合わないことがあるでしょう』って聞いたら『あるよ』って。でも『減ったことはない、増えているんだよ、いつも』と。『もし減ったとしても、ほしい人が持って行ったなら、お金はそのほうが喜ぶからね』と言っていて。いい話でしょう。これ、そのまま台詞に使ってもらいました。
コロナで映画の公開は1年以上延びました。でも、準備期間が増えた分、地元の応援団も増えましたし、映画に関わった人の想いは強くなっていった。主役を務めた藤原季節さんも自分にとって特別な映画になったと言っていましたが、たぶんコロナがなくて普通に映画が公開されていたら、きっとこの作品は彼の経歴のひとつでしかなかったと思うんです。
多くの人がコロナによって気づいたことがあった。そういった意味では、まさに“人間万事塞翁が馬”。なにがいい方に転ぶかはわかりません」
人生いいことも悪いこともあるけれど、しっかり受け止めて生きていく――コロナで人とのコミュニケーションが問い直されている今だからこそ、この“のさり”のやさしさは、じんわり心に染み入るはずだ。
KUNDO KOYAMA
1964年熊本県生まれ。放送作家、脚本家として数多くの人気作品を手がける。現在、京都の料亭『下賀茂茶寮』主人、京都芸術大学副学長を務めるほか、2025年大阪・関西万博エリアフォーカスプロデューサーなどとしても活躍中。
『のさりの島』
監督:山本起也
出演:藤原季節、原知佐子、柄本明ほか
「もしもし、ばあちゃん、俺だけど……」。オレオレ詐欺の旅を続ける若い男が、熊本・天草の寂れた商店街に流れ着いた。老女の艶子は、若い男を孫の“将太”として招きいれ、奇妙な共同生活を始める。京都シネマ他、全国順次公開中。