幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお、頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。
『借りぐらしのアリエッティ』レビュー
いよいよ未ジブリ作品も残り少なくなってきました。ビッグタイトルはもうほぼジブっていますし、先月は高畑勲展にも行ってきました。さっきも宅配便の再配達を待っている間、高畑展で買った図録を読み耽っていました。実家の父は定年後に投資にハマり、常に分厚い会社四季報を小脇に抱えて家の中をうろついてましたが、私はそれが高畑展の図録なのです。…そう、私はもう日常生活からとっくにジブリ童貞ではなくっておるのです。
…なのでそろそろいいかなと。そろそろですね、ジブリ童貞の天竺とも呼ばれているあの「三鷹の森ジブリ美術館」にて聖地巡礼をさせていただいて、おそらく館内に設置してあるであろうネコバスの巨大オブジェ(ラグビー日本代表の選手が全員入れるぐらいの大きさと予想)の中に入ってですね、娘と満面の笑みで写真を撮ってくることでこの連載を締めてもいいんじゃないか…なんて思っていたんです。
ただここまで来ると不思議なもので、全部ジブっとかないとどうも気持ちが悪いというか、コンプリートしておかないと、死ぬ前に見る走馬灯のチャプター一覧の中に「ジブリコンプできず」というタイトルのサムネイルがちらつきそうで…やっぱりこれは今世で解消すべきカルマだと思い、チャゲアスのミュージックビデオ用に製作されたという「On Your Mark」も含め、全て観倒すことに決めました。もう少しだけお付き合いください…。
そんなわけで今月は人間修行の一環として、米林宏昌監督の「借りぐらしのアリエッティ」でジブりました。宮崎でも高畑でもない、知らない監督のジブリ作品を観ることはそこそこ勇気が必要だったりします。
ジブリっぽさのオンパレードで始まる冒頭
山道の中をガタガタと揺れながら進む乗用車、キーパーソンらしき小綺麗な少年(翔)が古いお屋敷に到着。自然に囲まれた背景は風景画のように美しく、少年はロイドメガネこそかけてはいないものの、牛ハラミとか絶対食べそうにない草食系男子で、声は(案の定)神木隆之介君。それに加えて彼とはミスマッチの、ムスッとしたデブ猫も間髪入れずに登場。
無印良品の店内でずっと流れているようなケルト調の音楽もお話の雰囲気と合っていて、久石譲さんっぽくはないものの、これはこれでジブリ指数を更に上げています。
はいみんな注目~!ジブリ作賓が始りましたよ~!とでも言わんばかりの、これがジブリじゃなかったら何なの?的な、いつものオープニングという感じがしました。
ポスターを見る限り、小さな小人の少女が主人公らしき作品で、この少女がこの草食男子とボーイミーツガールするんだろうけど…少女を描くファンタジーで監督が宮崎監督じゃないのか~…と若干不安もありましたが、安心して観始めることができました。
小人のアリエッティとその家族のヨーロッパ風の暮らしぶりも、舞台が日本なのにも関わらずジブリマジックで自然と馴染んでいるし、アリエッティの父(父エッティ)が被っているゴーグル付きの帽子も、ジブリ作品意外であんまり見たことないデザイン。コップに注がれるお茶や水もとろみのあるジブリ特有の液体。…ちょっとジブリが過ぎないか?という気もしてくるほど。これが良い方に出ればいいのですが…。
小人視点の世界=わかりやすい小ネタ=こういうの個人的に好き…
アリエッティが洗濯バサミを髪留め(バレッタ?)にしてポニーテールにするシーンを見て、あ!こりゃいいな!と思いました。ポニーテール好きとかそういうんじゃなくて(嫌いじゃないけど)、小人が人間の物を利用して生活している話で、こういう小人あるある的な小ネタが続いていくってことが一髪でわかる良い場面だなと思ったんですね。
個人的にそういうピクサーのアニメなんかがよくやる遊び心のある小ネタが好きで、要は「トイストーリー」ですよね。
人間の世界を小人視点で描いているのも特長的で、効果音がやけに大きかったりするのが没入感あっていいんですよね、小人にはこう聞こえてるんだな~みたいな。トイストーリー大好きですけど、確かそれはやってなかった気がする。
ちなみにこのアリエッティの洗濯バサミのアイデア、DVDのタイトル画面で項目を選ぶカーソルになっていました。さては監督もスタッフも相当気に入ってるな…?
他にも、両面テープを手足に貼って壁を登る姿も面白いし、アリエッティが台所でビスケットを砕くお手伝いをしているのもなんか可愛くて、粉々になったビスケットをどう使うのかわかんないけど、この作品を娘に見せてあげたくなりました。
自分のような普通の感覚の人間からすると、こういう小ネタがあると作品にとっつきやすくワクワクするんですよね。これってあれみたいだなって思えることって、作品を見易くする要素の一つだと思っていて。観てる人を置いてけぼりにしない感じというか。
途中でジブリ特有のえぐみが足りないことに気づく
…ただ、雨が降っている中、アリエッティがアサガオの葉を傘にした時にハッと我に返りました。このあたりから物足りなさを感じ始めたというか。なんだろう…? もっと意味のわからないもの、見たこともないものが見たくなるというか。「もののけ姫」とか「千と千尋」とか、ジブリってそういう物を見せてくれるアニメじゃなかったっけ?と。
そういうジブリならではの「えぐみ」みたいなものを、一丁前に私も欲するようになってしまったようです…。(何がジブリ童貞だよ…。)
葉っぱを傘にするのは原作の児童小説にあったのかもしれないけど、ジブリにしてはさすがにベタすぎるかもしれない…。一応自分も漫画家なので、アサガオの葉ではなく何だったらよかったのか? について考えてみました。
…やっぱりアサガオの葉を傘にするのが一番可愛くていいですね…そこら辺に生えてるし。
アリエッティのお父さんのキャラ/細かい粗が気になり始める
これは余談ですが(っていうかこのレビューは8割余談で構成されてますが)、アリエッティのお父さん(父エッティ)が寡黙で冷静な賢人キャラでカッコイイ存在のはずなのに、小人であるが故、やってることがみみっちくて可愛いというか、何度か笑ってしまう場面がありました。
この父エッティのお茶目な感じと、前述したアサガオの葉から気付いた作品の根本的なベタさから、大なり小なり他にも粗が気になってきました。粗探しみたいで自分でも嫌なんですが、一応書いておきますね。
①アリエッティの母(ママエッティ)の大竹しのぶさんの声が終始喘いでるみたいで変な気持ちになる
②家政婦のハルさんがステレオタイプみたいな悪役で、とってつけたような存在に見える
①は私の耳に(心にも)問題があると思うのでまだあれですが、②については、なんで家政婦のハルさんがあそこまで小人退治に悪人づら丸出しになってまで躍起になっているのかがわからなかったんですよね…。ちょいちょい家のものを持っていかれてるわけだから、小人たちを退治しようと仕事を全うしているだけなのに、なんか悪者にされている感じがいまいち納得いかなくて。
あそこは、ハルさんはアリエッティ達を小人と認識してなくて、ただネズミだと思って駆除したがっている普通の家政婦さんで、でもそれこそが小人たちの脅威となっている…とした方がリアルだったように思いました。リアルかどうかよりもエンタメ要素を重視したのかもですが、どうしても取ってつけたように悪役を配置したような感じがして、個人的に違和感が残りました。冒頭からハルさんの車の停め方は雑だったし、キャラはブレてないんですけどね…。
結論:コンパクトにまとまっていてジブリ入門作品としてはアリな気がする佳作
すごい見やすいですし、娘にも見せてあげたくなる内容で、人間の男の子と小人の少女を通じて最後にきっちり「滅びゆく存在かもしれないけど逞しく生きねば」的なカタルシスも描かれていて、小ぶりながらも良作だと思いました。ジブリ入門作品としてオススメできると思います、何を偉そうに言ってんでしょうね…。
ただ日常からファンタジーの世界を巡って成長するお話としては、千と千尋の熱量、情報量に比べるとやっぱりもうちょっと何かえぐみが欲しいところで、傑作とまでは言えないのかもしれないです。ジブリっぽいってだけでは満足できないものが確かに残るかも。
アニメがどういう具合に作られているのかわからないけど、別に宮崎駿監督っぽくする必要もないのかな、なんてことをちょっと思いました。ジブリに就職したことないですし、的外れなこと言ってるとも思うのですが、宮崎監督風にやらないといけないのかな…みたいな。
米林監督の作品は初めて観たのですが、療養中の人間の少年すら小人たちにとっては恐ろしい存在となりうる…みたいな演出はとても好きでした。
草食系で繊細な雰囲気を纏っている翔が、ミニチュアのキッチンを良かれと思ってアリエッティの住処に設置するんですが、そのやり方がむちゃくちゃ豪快にブッ込む感じで最初ちょっと笑っちゃたんですが、何度か観ているとそれが演出であることに気づきまして。小さなアリエッティたちにとっては、草食系男子の翔でもそれぐらい巨大な存在なんだなと。
そこの遠慮ない描き方、小人にとってのリアリティに注力してる感じがとても良かったです。ただミクロの世界を描いただけではない、監督の存在が物語を押しのけて垣間見える、そんなこだわりを感じました。
なんか随分と偉そうなレビューになってしまったので、最後は私の代わりにこの人に締めてもらいましょう。ジブリといえば徳間書店、徳間書店と言えば西岡徳間さん。
それでは、また!