連載「滝藤賢一の映画独り語り座」。今回は『葛城事件』を取り上げる。
"家"にとらわれた男。でもそれ、本当に他人事ですか?
先日、尊敬する役者の先輩が「もっと若いうちに家を買っておけばよかった。滝藤君も早く買ったほうがいいよ」と仰っていました。聞けば、同世代の俳優のなかにもマイホームを手に入れたという話がちらほら。でも、うちは子供が4人いるので、部屋数を満たす物件となると予算が大変。子供が独立して家を出る頃にはボロボロになっているでしょうし、その後、奥さんとふたりで住むには広すぎるでしょうし......。そんな時『葛城(かつらぎ)事件』を見て、マイホームって本当に必要なのか? と、心底考えさせられました。
どこにでもあるような静かな住宅地の一戸建ての"家"。三浦友和さん演じる主人公の葛城清は、この作品において諸悪の根源のように映るかもしれないけど、家族を守り、子供を立派に育て社会に送り出し、奥様と余生を過ごす。そんな普通の夢を抱き、無理をして、この"家"を購入したはず。ところが、幸せで満たされるはずの家が、しだいに家族の自由を奪う刑務所のようになっていきます。「俺がこの城の主なんだ」という清のプライドは凄まじい。家さえ持てば人生すべてうまくいくと思っている様が、滑稽(こっけい)で痛々しく、なんとも悲しくさせる。家そのものにとらわれてしまったことが、狂気の始まりのように感じました。
しかし、何をどう間違えたら、こんなにも息子にしらじらとした目で睨みつけられることになるのか。でも、自分も一歩間違えたら......。ゲーテ読者の皆様も十分に気をつけて下さい。
三浦友和さんは「男はこうあるべき」という一方的な価値観を子供に押しつける威圧的な父親を演じているんですが、子供の為に取った言動が裏目に出てしまったと考えるとかわいそうで、憎みきれないところが厄介です。正直、登場人物が選択していくすべての行動は、僕には理解するのが難しく、大嫌いな類(たぐい)の人間ばかりです。誰に共感できるかというより、誰に対して一番腹が立つか、この夏一番の不快感映画。下手なホラー映画よりよっぽど恐ろしいです。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
俳優。1976年愛知県生まれ。火曜ドラマ『重版出来!』(TBS)、映画『64-ロクヨン- 前編』に出演中。映画『64-ロクヨン- 後編』、『SCOOP!』など待機作が多数。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!