スポーツカーの人気ブランドが、相次いでマニュアルトランスミッション仕様を設定している。その理由はどこにあるのか。

2ペダルでは得られない何か
2026年夏から秋にかけて、「マニュアルトランスミッション(MT)が来ている?」というのがクルマ好きの間でちょっとした話題となった。
具体的には、フェラーリ12チリンドリに「Manuale(マヌアーレ)」というMT仕様が加わり、8月にお披露目されたマクラーレンの新型McL 6GTはトランスミッションに6段MTが採用された。また、8月末にマイナーチェンジを受けた日産フェアレディZは、高性能バージョンのNISMOに新たに6MT仕様 が設定された。

1990年にポルシェ911カレラ2(964型)にティプトロニックと呼ばれるATが設定されて以来、スポーツカーにもオートマチックトランスミッションが広まった。従来のABC(アクセル・ブレーキ・クラッチ)の3つのペダルが並ぶレイアウトから、クラッチペダルが存在しない2ペダルへと、コクピットの足元の景色は変化することになる。
時期を同じくして、F1をはじめとするレーシングマシンでも2ペダルが主流となっていく。エンジンの高性能化、ハイスピード化、そしてコンピュータ制御技術の進化に伴い、ドライバーがクラッチを操作して変速するよりも、電子制御に任せるほうが速く走れるようになったのだ。
2ペダルの利点はほかにもあって、パドルシフトを操作することで、ハンドルから手を離さずに変速ができるのも大事なポイントだ。
1990年代以前は、「MTのほうが速くて、燃費もいい」というのが通説であったけれど、いまや完全に逆転している。

では、なぜいまになってMTが復権しているのか?
簡単に言うと、クルマの完成度があまりに高くなったので、2ペダルでは満足感が得られなくなったのだ。いまや若葉マークのドライバーでも1000psのスーパーカーを簡単に転がすことができるし、クローズドコースだったらアクセルを踏み込む勇気さえあれば、300km/hも朝飯前。
「俺が操っているぜ」とか、「このクルマは自分にしか運転できない」という(自己)満足感を得るには、なにかしらの演出が必要なのだ。

近年、ネオクラシックと呼ばれる1980年代から2000年代前半のモデルがクルマ好きの間で支持されているけれど、スポーツカーに限れば人気を集めているのは多くがMT車だ。
電気自動車はトランスミッションを必要としないから、MT車が主役に返り咲くことはないだろう。けれども、機械式腕時計やアナログレコード、マニュアルフォーカスのカメラなどと同じように、好事家からの一定の需要は絶えないだろう。

見かけはMT、中身は2ペダル
冒頭で3台のMTモデルを紹介したけれど、フェラーリ12チリンドリ・マヌアーレだけは、従来のMTと仕組みが異なる。
排気量6.5ℓのV型12気筒エンジンをフロントに積み後輪を駆動する12チリンドリは、同社の旗艦モデルに位置づけられる。フェラーリ伝統のV12エンジンにMTを組み合わせているのかと思えば、実はギアボックスの中身は従来の2ペダルモデルと同じ8段DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)なのだ。

どういうことかというと、V12エンジンと6段MTを組み合わせたのではなく、8段DCTの上に6段MTを載っけた、あるいは被せた構造になっている。
シフトレバーとクラッチペダルは機械的にエンジン/ギアボックスとつながっているのではなく、シフト操作、クラッチ操作は電気信号で伝わる。仕組みとしてはプレイステーションのドライビングゲームのようなもので、それをフェラーリ伝統のゲートを区切ったシフトパターンで操作することになる。だから楽ちんドライブを決め込みたい時には、2ペダルのオートマ車として走らせることもできる。
MT車の醍醐味は、失敗するところにあると思っている。シフトアップにしろシフトダウンにしろ、10回中、1回や2回はガクンというショックを発生させてしまう。うまくいかない時があるからこそ、スムーズに変速できた時の喜びが大きい。

フェラーリ12チリンドリ・マヌアーレは、シフトレバーの手応え、クラッチペダルの反力などもリアルに再現されているという。では、シフトミスや、シフトミスの後にカチッとシフトが決まった時の達成感や、俺だから操作できたという実感を味わうことはできるのだろうか。
これを確認できるのは、幸運にも限定1499台のオーナになった人だけだ。ただしこの“疑似MT”の技術が確立して、一般的な価格帯のクルマにも普及すれば、数が少なくなったネオクラシック車を血眼になって探したり、大枚を叩いて維持しているクルマ好きを救うことになるかもしれない。MT愛好家としては、この動きを注視したい。

サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。



