コロナ禍で自由に海外と行き来できない今こそ、創造の旅に出かけたい。今から100年前のエコール・ド・パリの時代に、日本人画家として唯一活躍したレオナール・フジタ(藤田嗣治)。「乳白色の肌」による裸婦や猫の作品などで知られるフジタの企画展「フジタ―色彩への旅」が、箱根仙石原のポーラ美術館にて9月5日まで開催されている。
箱根の緑に囲まれたポーラ美術館で味わう、レオナール・フジタの旅
今回の企画展の大きなみどころは、フジタ独自の技法である「乳白色の肌」による裸婦像の作品群や、晩年に制作された色彩豊かな作品群「小さな職人たち」シリーズ96点を一挙に展示したコーナー。フジタが暮らしたパリのアパルトマンの壁面も再現がされており、作品の魅力に引き込まれる。
世界的な画家になることを夢みて1913年、26歳で渡仏したレオナール・フジタ(藤田嗣治1886-1968)は、第一次世界大戦の最中もパリを中心にフランスで活動し、日本画の技法を取り入れた油彩画の描き方を追求。
1920年代には、パリの女性をモデルに「乳白色の肌」を完成させ、パリ画壇の寵児となり、その後、世界各地への旅によってあらたなモティーフや群像表現のための構図、豊かな色彩による表現手法を開拓していったという。
1929年の一時帰国の後、パリを離れて南米へと旅立ったフジタは、中米から北米へと移動し、太平洋を渡って再び日本へとたどり着く。東北や沖縄をはじめとする日本各地、そして中国大陸や東南アジアへと移動をつづけ、1949年にニューヨークに渡るまでは、旅先こそがフジタのアトリエだった。企画展では、フジタの旅と色彩に焦点をあて、フジタの画業の展開と生涯の旅路をあらためて紹介している点がとても興味深い。
2002年に開館した「ポーラ美術館」は、「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトに自然環境の共存を考えて作られた建造物。周囲を取り囲む自然林との調和を図るため、高さを8m以下に抑え、木々の間に隠れるように設計されたそう。訪れるだけでも五感に刺激を与えてくれる場所で、1枚の画に秘められた想いに心を馳せ、知的好奇心を高めたい。