2022年7月、ロンドンにて「The World’s 50 Best Restaurants」の授賞式が開催された。世界中から集結したシェフたちは、ここぞの晴れ舞台にどんな一着を纏っていたのか? 選びの理由からみえる個性溢れるストーリーを訊いた。
灼熱のロンドンに世界のトップシェフが集まった
2022年7月18日、ロンドンはとんでもない暑さだった。どれほど暑かったかといえば、筆者が滞在した住宅街では、海パン姿の男たちが歩きながら瓶ビールを飲んでいたくらいだ。翌日はイギリス観測史上初の40℃を超え、熱で鉄道の線路が変形して運休が相次いだ。
そんな猛暑のさなか、世界中のシェフやフーディー、メディア約1000人が、元魚市場「オールドリビングスマーケット」の入口に列をなしていた。「The World’s 50 Best Restaurants」の授賞式に出席するためだ。
食を目的とする旅好きであれば知っているだろう。「The World’s 50 Best Restaurants」とは、“食のアカデミー賞”と例えられるレストランアワード。計27ヵ国に1080人点在する覆面評議委員による投票で決まるレストラン総選挙であり、世界1位から100位までが決まる。
事前に公式サイトやSNSで50〜100位が公表され、アワード本番にて50位から1位が発表される。2016年以降、アワードの開催都市は毎年変わり、記念すべき20回目の今年は初期から長らく開催都市であったロンドンに帰ってきた。
順位の発表が目玉のイベントではあるが、少し楽しみにしていたことがあった。普段はシェフジャケットを着ている料理人たちが、どんな装いでロンドンに集結するかだ。ここぞの晴れ舞台に選ぶ一着は、彼らの個性や背景を表すものだろう。
事前に知らされていたドレスコードは「ブラックタイ/カクテル」。とはいえ、元魚市場に並ぶ人々の装いは、実に自由で幅広かった。
装いへの興味はミーハー心からだ。しかし、現場で出席者の姿を目にし、話を聞くと、想像以上に感情が動かされた。郷土愛が表れた装いも多かったからだ。もちろん、大都会を拠点とするシェフが大半なのだが、世界中からの「オラが村」精神みたいな勢いを、レッドカーペットで感じたのだった。
茶目っ気で周りを笑顔にしていた日本人参加者
まずは明るく楽しい日本人参加者を紹介しよう。着物姿で人気者になっていたのは、日本評議委員長である中村孝則さんだ。
「着物はドーメルというフランスの生地屋さんに特別に作ってもらいました。知り合いの紋章会社にスワロフスキーで紋を入れてもらい、足元はブーツで坂本龍馬スタイル。あ、この刀はおもちゃですよ(笑)」
プラスチックの刀を抜いてのチャンバラポーズは、海外の参加者に大好評。流石、こういう席でのコミュニケーション術を心得ていたのであった。
大阪「La Cime」の高田裕介シェフは、大阪・南船場のオーダースーツ専門店「ビスポークテイラーDMG」で仕立てたスーツで参戦。同店代表の小西正仁さんは、オリンピックの日本代表選手からの支持も厚く、東京スカパラダイスオーケストラの衣装も担っている職人だ。
「東京のレストランの出席が多いなか、今回、大阪からは僕だけ。でも、参加することによって日本の地方のみんなを活気づけられたら」と話していた高田シェフは、見事41位にランクイン。
「La Cime」の名が呼ばれカメラのフラッシュを浴びた時、完全にフィットしたスーツを纏った高田シェフの頭には“OSAKA”と象られたサングラスがかけられていた。
従来のカクテルドレスのイメージを打ち破り、デニムのドレスで現れたのは、「Été」の庄司夏子さん。“アジア最優秀女性シェフ”に選ばれた彼女が纏う一着は、デザイナーの世界観に共感するものだった。
「日本のPROLETA RE ART(プロレタリアート)というデニムを加工している方の作品です。海外の著名なラッパーたちがこのブランドを着用していて、レディースは作ったことがなかったのだけれど、今回のためにドレスをお願いして作ってもらいました。日本のブランドですし、ジャケットはアップサイクル。私が中学生の時に履いていたデニムも含め、もう着なくなったデニムで作ってもらっています。スカートはいちから手作り。どちらも、ありとあらゆるミシンを駆使して表面にバンダナを縫い付けて、オリジナル感のあるヴィンテージ加工を施してくれました」
スリットの入ったロングスカートは下段がボタンで止まっていて、ミニスカートに変貌させることも可能。レッドカーペットにもアフターパーティーにも対応できるツーウェイドレスだった。
今年は45位についた「NARISAWA」の成澤由浩シェフは2009年より14年連続ランクイン。真っ白なTシャツとベージュのパンツという究極にシンプルな装いは、招待されたシェフのアイコンである赤いストールを際立たせていた。
「唯一意識しているのは、余計なイメージをつけないために服はノーマークでいること」と、無地を選んでいる。足元のみアクセントを置き、親交があるsacaiのNIKEコラボスニーカーを着用。その姿は派手なドレスアップに劣らず目立ち、長年の人望もあって各国のシェフたちから声をかけられていたのだった。
個性輝く、各国のシェフたち
48位にランクインし、“世界最優秀女性シェフ賞”に輝いたのは、コロンビア「Leo」のレオノア・エスピノーサさんだ。アフターパーティーでお祝いを伝えると、祖国への想い語ってくれた。
「受賞は私個人のものだけではありません。コロンビアという紛争が絶えない、あまり認知をされていない国が、食文化に大きな可能性がある国だと知っていただけたことを何より嬉しく思います。民族紛争の問題がありながらも、今回の受賞でコロンビアの人々が心を一つにできたと感じました。それは、私たちが今までガストロノミーを続けてきたなかで最も価値のあることです」
そう話す彼女の胸には、コロンビアの概念を表す大きなブローチが輝いていた。
「これはコロンビア人の女性がデザインしたブローチでヤシの葉を象っています。丁寧なメタルの細工が施され、自然と共存する人間の自覚のようなものを表しています」
なお、腕のタトゥーは神話のシンボルで、“収穫や“成功”、“守護神”といった意味をもっていた。
南米勢を牽引し、堂々2位まで登りつめたペルー「Central」のヴィルヒリオ・マルティネスさんはネイビーのジャケット姿。「今日ロンドンで買ったばかりなんだ。とても快適だよ。実は何のブランドかも知らないけどね(笑)」と、いたって自然体だ。
授賞式が始まる直前、筆者の前をモダンかつ趣のある雰囲気を放つふたりが通り過ぎた。NYで「Atomix」を営むジョンヒョン・パークさんと妻のエリアさんだ。
「Atomix」はマンハッタンを舞台に韓国の食文化を新たな手法で発信するレストラン。ジョンヒョンさんがシェフ、エリアさんがマネージャーを務め、14席のみのコの字型カウンターでの食体験は2018年の開業直後から話題となった。
優れたサービスを得られる店として、今年は“ジン・マーレ社 アート・オブ・ホスピタリティ賞”を受賞。ランキングでは33位にくい込んだ。
印象に残る雰囲気は装いの効果も大きい。聞けば、ジョンヒョンさんは「Post Archive Faction(PAF)」、エリアさんは「MINJUKIM」という、ともに韓国を拠点とする次世代のデザイナーが生んだ服を着ていた。夫妻に選びの理由を聞いた。
「彼らは次世代の才能と新しい視点をもったコンテンポラリーデザイナーであり、韓国国内だけではなく世界規模で認知されています。韓国文化を再解釈しながら、まったく新しいものを生み出し、グローバルな現代人にアピールする彼らの能力は、とても共感できるもの。私たちの挑戦の旅ともリンクしています。World’s 50 Bestの授賞式では、自身の記憶に残るような服を着たいと思い、このふたりのデザイナーを選びました」
「私はブラジルで、ドナ・オンサー(マダム・ジャガー)っていうあだ名があって、だからこのタトゥーが腕にあるわけ」と話すのは、夫妻でレストランを2軒営むジャナイナ・ルエダさん。
2軒のうちサンパウロにある「A Casa do Porco」は昨年から10位上昇して7位に入った。“豚の家”を意味するその店は、彼らが育てた豚のあらゆる部位を使ったコースを味わえる場所。カジュアルで国民食的なブラジル料理を出すもう1軒の「Bar da Dona Onça」も大人気だ。
「ドレスはWalério Araújoというブラジルのデザイナーのもので、今年のブラジルファッションウィークのランウェイで私が着ていたものです」と話す彼女は、ブラジルのファッションアイコンだ。また、弱者や地域のためのアイデアに富む、社会貢献意識の高いシェフでもある。
World’s 50 Bestにもっと注目してほしい理由
庄司夏子さんからドレスの話の次に聞いた言葉もぜひ聞いて欲しい。彼女がWorld’s 50 Bestに参加する意味についての答えだ。
「日本ではまだ認知度の低いこのアワード『世界のベストレストラン 50』の知名度を上げたいと思って私は参加しています。次の世代や今の人たちに知って欲しいワールドワイドなアワードです。オリンピックやアカデミー賞のようなもので、オリンピックだったら色んな日本企業がスポンサードして選手をサポートするじゃないですか。それを飲食の世界でも実現したい。そうしたら料理人がもっとこういう場に行きやすくなって、それを見て、料理人になりたい人も増える。今、日本は政府の支援も全然なくて、料理人たちは自分で旅費を払わないとアワードに参加できません。
今回、日本からのスポンサーさんとして初めて、獺祭さんがアワードに来てくださって。もっと広まっていったらいいですよね。海外だと国をあげて盛りあげているイベントなのに、日本はメディアもあまり来ていない。イベントの開催地となるのも難しくて、それはスポンサードがないからなんです。料理人が世界で勝負する時に、助けてくれる人がいないということでもあります。全額自費となれば、スタッフに対して恩返しもできない。内部が潤わないといい料理もできない。そこを将来的に改善したいから、知名度を上げていきたいんです」
日本の食の魅力を人一倍感じつつ、危機感があるから行動を起こしている。
「世界的にみて日本が一番“食の都”と言われています。それでも国内で料理人が知られていない職業、稼げない職業となると、目指す人がいなくなってしまう。料理人になりたい人がいなくなれば、今は食の都と言われていても、いい食材を作る生産者もいなくなって、いい店も減っていく。今こそ食に力を入れないと日本が終わっちゃうんです。若い人がインフルエンサーとかYouTuberに憧れるのは、分かりやすいから。稼げて本もすぐに出版できるし、企業もすぐに目をつけてくれる。けれど、なんで料理はそうじゃないんだろうと感じています」
目下の目標は世界最優秀女性シェフ賞
かくして道を切り拓くべく、ガンガン世界に出て、自身のSNSでも活発に発信を続けている庄司さん。そんな彼女には、業界を変えるための明確な目標がある。
「来年か再来年か、世界最優秀女性シェフ賞を数年以内にはとりたい。私が世界最優秀女性シェフ賞をとれば、発言に耳を向けてくれる人が日本において増えるので、現状をもっとシェアできる」
シェフがこれだけ肝を据えている。メディアも企業も行政も、もっとフォローする必要があるだろう。今年はアジア1位に輝いた「傳(でん)」をはじめ、日本勢は過去最多の4店舗が50位圏内にランクイン。入国規制が撤廃されれば、近いうちに世界トップの圏内数を得るのも夢じゃない(今年はスペインに次いで2位)。
筆者自身もメディアの人間ながら、民放テレビ局の報道番組(および連携する動画サイト)に入って欲しいとも思ってしまう。もちろん、海外のトップレストランは万人が行ける場所ではない。でも、遠い存在だからこそ、マスにどかんと発信して欲しい。日本人シェフが讃えられるほんの数秒のシーンが、日本のどこかでふと目にした誰かの未来を変えるかもしれないのだから。
日本は、シェフたちはもちろん、日本評議委員長である中村孝則さんもインパクトのある存在であるし、“世界一のフーディー”としての記録と人脈をもつ浜田岳文さん、海外のあらゆるトップシェフを取材してきたジャーナリストの仲山今日子さんなど、キーパーソンも実は多い。ヒントをもらえば、不景気風を吹き飛ばす映像が撮れることは間違いない。庄司さんの世界最優秀女性シェフ賞が叶った先には力強い言葉もある。
シェフの活躍を伝える報道が、新たな料理人を生み、ゆくゆくは将来のインバウンドを生む。それも旅の支出単価が高く、滞在期間の長い日本ファンだ。やはり、「安いから日本に来る」というインバウンドの流れでは切ない。
だから、World’s 50 Bestを現在まったく知らない人にとっても、このアワードはあながち人ごとではない。晴れ舞台あってこそ、引き継がれるカルチャー、新たに生まれるカルチャーはあるはずなのだ。
World’s 50 Bestについて詳しくはこちら