世界5大時計に名を連ねるA.ランゲ&ゾーネ。スイスブランドが多くを占めるなか、唯一のドイツブランドがなぜここまでの発展を遂げたのか。その理由は同ブランドの象徴であり、発売当初から現在にいたるまで、多くの人々に愛されてきたコレクション「ランゲ1」に表されていた――。
A.ランゲ&ゾーネの復興第一弾モデルであり、今なお燦然と輝く「ランゲ1」
時計業界には数々のマスターピースが存在している。こういった名声は、数十年という年月を重ねて築かれるものだが、デビューから数年でその域に達した時計がある。それがA.ランゲ&ゾーネの「ランゲ1」だ。
1845年にドイツのグラスヒュッテで創業したA.ランゲ&ゾーネは、第二次世界大戦後に国有化されてしまう。しかし1990年の東西ドイツの再統合を受けて、創業家一族のウォルター・ランゲが牽引する形でブランドが再興。1994年に復興第一弾モデルのひとつとして「ランゲ1」が誕生する。
「ランゲ1」の魅力はこのあとで詳細に語っていくが、艱難辛苦の歴史や、その歴史を背景にした手仕事を尊ぶ姿勢、そしてドイツ的機能美によって構築されたデザインなどは、スイス時計とはまた違った魅力がある。
現在のA.ランゲ&ゾーネが、時計業界の最高峰ブランドのひとつであることに疑問を挟む人はいないだろう。その快進撃を支えたのが「ランゲ1」であり、そのスタイルを崩すことなく「ランゲ1」コレクションは今も増えている。
この時計が示すのは、人生を追いかけまわす“ルールとしての時間”ではない。職人技を尊びながら、歴史への思いを馳せる……。そんな知的な時間を楽しむためにあるのだ。
ランゲ1が体現する高級時計の本質
「ランゲ1」のデビューは、時計業界に鮮烈な印象を与えた。そもそもスイスの高級時計は1970年代のクオーツ危機を経て、1980年代に復活。新時代の高級時計を目指し、機構、デザイン、素材などで新しいスタイルを模索していた。
そんな時勢のなかにあってドイツのクラシシズムやクラフツマンシップを継承するA.ランゲ&ゾーネは、歴史に敬意を払い、徹底的に手仕事にこだわった。「ランゲ1」は、皆が忘れかけていた高級時計の美しき伝統を具現化したものなのだ。
ここではそんな「ランゲ1」の魅力を5つのポイントを通して紹介していく。
1.前衛的なオフセンターのダイヤルデザイン
数百年を超える時計の歴史のなかで、審美性と視認性を問うさまざまなダイヤルデザインが生まれてきた。しかし「ランゲ1」のダイヤルデザインは、他の何にも似ていなかった。時分、秒、カレンダー、パワーリザーブという重要な表示要素は、重ねることなく配置されている。
一見しただけで普通ではないことがわかる前衛的なデザインとは裏腹に、そのバランスは黄金比を取り入れており、収まりがよく読みやすい。「ランゲ1」はまずはこのダイヤルデザインで、センセーショナルな話題を集めたのだった。
2.初代ランゲへのオマージュを込めたアウトサイズデイト
前衛的なダイヤルデザインだが、そこには初代フェルディナント・アドルフ・ランゲへのメッセージが込められている。
大きなカレンダーは「アウトサイズデイト」と命名。これは初代ランゲが師匠のヨハン・フリードリッヒ・グートケスとともに製作したドレスデンのゼンパー歌劇場のステージ上にある機械式デジタル表示時計「五分時計」へのオマージュを込めたものであり、実用機構のカレンダーをロマンティックなものへと昇華させた。
さらに10時位置のプッシュボタンで調整できるという利便性も魅力だった。
3.愛でる楽しさを提案するムーブメント
ムーブメントの4分の3を覆う巨大なプレートは初代ランゲが考案したスタイルで、歯車をがっちり抑えることで強度を高め、埃の侵入を防ぐ。「ランゲ1」の搭載ムーブメントは、2015年にCal.L121.1へとアップデートしたが、このスタイルは継承している。
またムーブメントの地板やプレートには洋銀(ジャーマンシルバー)を使用しており、使っていくうちに徐々に酸化して色が濃くなっていく経年変化を楽しめるのも特徴だ。
ムーブメントを美しく仕上げ、愛でる楽しさを知る。それも「ランゲ1」が提案したことだった。
4.熟練の手仕事が息づくテンプ受けのエングレービング
A.ランゲ&ゾーネが歩んできた歴史の痕跡は、ムーブメントに多く残される。
テンプ受けに入るエングレービングは、隣国ボヘミアの伝統工芸からインスピレーションを受けたもの。A.ランゲ&ゾーネが拠点を構えたグラスヒュッテは小さな町だったため、周辺国からも時計師を募り、彼らの文化を巧みに時計に取り入れたのだ。
現在は常時6名ほどの彫金師が在籍してテンプ受けに彫りを入れている。微妙に作風が異なるため、その微差を語り合うというのがA.ランゲ&ゾーネ愛好家の楽しみになっている。
5.古典の美しい技法を受け継ぐ穴石のシャトン留め
機械式時計では歯車の軸を固定するために人工ルビー製の穴石をはめ込み、補油性能と摩擦の軽減を行うのがセオリー。
しかしA.ランゲ&ゾーネは、懐中時計の時代に好まれたシャトン留めを取り入れた。これは人工ルビーの穴石をゴールド製のパーツで抑え、さらに小さなネジで固定するもの。小さなネジは職人が手で焼いたブルースチールネジなので、レッド×ゴールド×ブルーの色合わせが華やかだ。
機能的には大きな意味はないが、古典的で美しい技法を継承したいという思いが詰まっている。
丁寧な時計づくりを続けてきた証「ランゲ1」
艱難辛苦の歴史を経て再興したA.ランゲ&ゾーネは、ひたすら丁寧な時計づくりに邁進した。
「ランゲ1」はその象徴であり、スタイルを変えることなく来年、誕生30周年という節目を迎える。ランゲ1はその誕生した背景もあって、東西ドイツ再統一のシンボルにもなっている。そういった歴史の重みも含め、見逃すことができない時計なのだ。
次回は「ランゲ1」を含む9つの「ランゲ1」コレクションのモデルを一挙に紹介する(2023年11月末公開予定)。