白熱の日本シリーズが終わり興奮冷めやらぬ中、プロ野球ファンを驚かせた大ニュースとなったのが、楽天・涌井秀章の、中日へのトレードだ。今回は、18年間で通算154勝を挙げている大投手・涌井秀章がスターとなる前夜に迫る。連載「スターたちの夜明け前」とは……
背番号1番を任された、横浜高校1年時
日本シリーズも終わり、ストーブリーグに突入したプロ野球だが、大きなニュースが飛び込んできた。2022年11月15日、中日の阿部寿樹と楽天の涌井秀章の交換トレードが発表されたのだ。得点力不足に苦しみながら、日本人トップの本塁打、打点を記録した阿部を放出したことに対して多くの意見が上がっている。また、18年間で通算154勝をマークしている涌井というビッグネームがトレードされたことに対する驚きの声も多かった。
そんな涌井は'04年のドラフト1巡目で西武に入団しているが、横浜高校入学時点から評判の投手だった。初めてそのピッチングを見たのは2002年9月21日に行われた秋季神奈川県大会の対大和西戦だ。1年生ながら背番号1を背負った涌井は1学年先輩の成瀬善久(元ロッテなど)の後を受けてマウンドに上がり、完封リレーでチームを勝利に導いている。
落ち着いたマウンドさばきはとても1年生とは思えないものがあり、当時のプロフィールは183㎝、72㎏とまだ細身ながら手足が長く、いかにも投手らしい雰囲気があったのをよく覚えている。
一方で課題も多かったのは確かで、当時のノートには以下のようなメモが残っている。「グラブを持つ左手が上手く体に巻きつかず、体の開きは早いが真上から腕が振れ、ボールに角度がある。変化球の時には肘が下がり、腕の振りも弱い。投げ終わった後に少し体が一塁側に流れるのも気になる。ステップの幅が狭く、下半身も硬く見える。課題も多いが今後が楽しみ」
当時の横浜高校は将来性豊かな右投手が入学すると決まって“松坂(大輔)二世”と呼ばれており、涌井も同様の取り上げられ方をしたこともあったが、少なくとも1年秋の時点ではそこまでの凄みは感じられなかったのも事実である。
チームはこの後、神奈川県大会と続く関東大会で優勝。翌年春の選抜高校野球でも成瀬とともに二枚看板を形成して勝ち進み、準優勝に大きく貢献している。ただ、決勝の広陵戦では3対15と大敗しており、前年秋に感じた課題も解消されていないように見えた。選抜後も調子は上がらず、2年夏の神奈川大会では決勝で横浜商大高に敗れて甲子園出場を逃している。
投手として、隙のない完成度
ようやく涌井の才能が大きく開花したと感じたのは3年生になってからだ。'04年5月3日に行われた春の神奈川県大会、対横浜隼人戦では7回を被安打1、6奪三振で完封勝利をマークしたが(試合は横浜が7回コールド7対0で勝利)、この時はストレートと同じ腕の振りで変化球が投げられるようになっており、2年生の頃とは別人のような安定感を誇っていた。
そして最も強く印象に残っているのが3年夏に出場した甲子園の1回戦、対報徳学園戦でのピッチングだ。3回に内野安打からピンチを背負い、スクイズで1点は失ったものの中盤以降は危なげない内容で10奪三振、2失点完投勝利をマークしたのだ。当時のノートには10行にわたりメモが残っているが、ほとんどが賞賛する内容となっている。
「下半身の安定感が増し、スピードもアップ。しっかりと左足に体重が乗り、前でリリースすることができ、指にかかった時のストレートは糸を引くような軌道。体の開きもよく我慢できている。ストレートと同じ腕の振りでスライダー、フォークを投げられており、低めに集めるコントロールも見事。ストレートもカウント球と勝負球を投げ分け、勝負所で力を入れると145キロ以上をマーク。終盤までスピードが落ちないスタミナも素晴らしい」
1年秋のピッチングをメモした内容とは全く違うところに、涌井の大きな成長が感じられるはずだ。
チームはこの後、準々決勝で駒大苫小牧に敗れ、1998年以来となる夏の甲子園優勝を果たすことはできなかったが、それでもプロからの涌井の評価は高く、前述したようにドラフト1巡目でプロ入りを果たしている。
プロ入り後の活躍は改めて述べるまでもないが、これまで在籍した西武、ロッテ、楽天でいずれも最多勝を受賞しており(西武では2回)、3球団での受賞は史上初の快挙である。プロ18年目となる今年は5月に右手中指を骨折した影響で長期離脱となり、わずか4勝という苦しいシーズンとなったが、投球内容を見る限りまだまだ力があることは間違いない。初めてのセ・リーグとなる中日でもその力を十分に発揮し、低迷するチームを牽引する活躍を見せてくれることを期待したい。
Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは……
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てる!