「イモトのWiFi」や「にしたんクリニック」で業界を席巻した西村誠司が、今最も力を入れている事業が不妊治療専門クリニックの経営だ。2022年6月1日に開院した「にしたんARTクリニック」をベースに悩める夫婦と少子化日本を救うべく、日々奔走する姿を追った。
着床前診断は妊娠・出産にいたる最短ルート
1995年、弱冠25歳で起業し、'97年には海外用レンタル携帯電話事業、2012年には海外用WiFiレンタルサービス事業、'19年にはメディカル事業を開始し、'20年、自宅でできるPCR検査を業界でいち早くスタート。常に時代の一歩先を行くビジネスを仕かけ、快進撃を続けるエクスコムグローバル代表取締役社長、西村誠司が次に心血を注いでいるのは、不妊治療専門クリニックの経営だ。
西村が不妊治療に着目したのは、アメリカで暮らしていた時、 第三子を授かった際の自身の体験がきっかけだった。
「当時、妻は41歳。長男と次男は自然妊娠でしたが、年齢的なことを考え、体外受精を選択しました。その時クリニックで当たり前のように勧められたのが、子宮に戻す前に、受精卵の染色体異常をスクリーニングするという着床前診断でした。日本では、まだ一般的ではなく、私たちも初めて耳にする検査でしたが、アメリカでは、この頃すでに広く普及していたのです」
染色体異常は、生まれてくる子の障害の有無だけでなく、着床しづらい可能性や流産の危険性が高まるなど、妊娠・出産に大きな影響があるといわれている。異常が起こる原因はさまざまあるが、一因は卵子や精子の老化。カップル、とくに女性の年齢が高くなればなるほど、妊娠・出産率が低くなるのはそのためだ。
検査の結果、西村夫妻の場合は受精卵12個中、染色体に問題がなかったのは1個のみ。それを子宮に戻したところ、無事に妊娠。'15年、待望の女児が誕生した。
「いわば、妊娠の確率は12分の1だったということ。着床前診断を受けず、12個の受精卵をランダムに子宮に戻していたら、子どもを授かるまで、どのくらいの時間がかかったかわかりません。妻の年齢を考えると、途中であきらめていた可能性も高かったと思います。着床前診断は、子供を望むカップルにとって有効な検査であり、妊娠・出産までの最短ルートと言えるのではないでしょうか。そう実感しました」
そこで西村は、日本で不妊治療を受けていた3歳下の弟夫婦にも、アメリカで診断を受けることを勧めた。けれど、夫婦共に仕事を休んで渡米するのは難しく、結局、彼らは子供を持つことを断念した。
「その時感じたのは、これは氷山の一角だということ。弟夫婦のように、何年も治療を続けた末、泣く泣く子供を諦めるケースは多々あるだろうと。そんな方々を少しでも減らせるよう、日本で着床前診断を広めようと決意しました。これは僕の使命だと思っています」
患者に寄り添い、最善で最短の治療を提供
'21年、西村は、11年間暮らしたアメリカを離れ、日本に帰国。そして、'22年6月1日、満を持して、「にしたんARTクリニック新宿院」を開院した。
「患者に寄り添い、最短で最善の治療を提案する」をコンセプトに掲げ、すべての患者に、着床前診断を実施する体外受精・顕微授精を提供する不妊治療専門クリニックである。
「'22年4月から、日本でも不妊治療が保険適用になりました。それを意識したのかとよく聞かれますが、当院が提供するのは、自由診療に特化した生殖補助医療(ART)なので、まったく関係ありません。そもそも保険適用で着床前診断を受けるには、『流産や死産を2回以上経験』、『体外受精が2回以上失敗』などの条件がある。けれど、流産や死産、体外受精の失敗なんて経験しない方がいいに決まっています。しかも、不妊治療を受ける患者様は概して年齢層が高い。貴重な時間を無駄にしないためにも、あえて自由診療にし、希望する方すべてに着床前診断を受けていただくシステムにしました」
とはいえ、日本の医療業界では、着床前診断について、異を唱える声も少なくない。診断結果を受け、障害のある子供を産まないなど、〝命の選択〞が行われる可能性があるためだ。
「その気持ちもわからないでもありません。でも、妊娠後の(胎児の状態や疾患の有無を調べる)出生前診断は、比較的行われているんですよ。胎児の状態でリスクが判明して堕胎するよりは、受精卵の段階で判断する方が、精神的にも肉体的にも負担は少ないはずなのに。僕は、そこに医療業界の歪みのようなものを感じます。
PCR検査もさまざまなリスクがあったせいか、参入する事業者は中々出ませんでした。だから、うちが最初に名乗りを上げたのです。誰もやっていないからこそ挑戦する意義があるし、リスクや批判があっても、そのサービスを必要とし、喜んでくれる人がいるのなら、絶対に誰かがやるべき。僕はそう考えています」
人を助け、世のなかをよくするためにお金を稼ぐ
「新たな事業に取り組む指針となるのは、自分がやるべきだという使命感です。マネタイズは、後から考えればいい」と、西村は言う。それは、「にしたんARTクリニック」からも見て取れる。ロビーは訪れる人がリラックスできるようホテルライクなインテリアにし、診療の合間に利用できるワークスペースを完備した。診療時間も平日は朝9時から夜22時まで診療を行い、休診日は設けないなど、患者の利便性を優先している。どんな事業もコストではなくユーザー目線で考えている。それも西村流のやり方だ。
「採算がとれないかもしれないし、赤字が続くかもしれません。けれど、当社はいろいろな事業を手がけているので、他でカバーすることができますし、最悪、僕の自己資金を注ぎこめばいい。人を助け、世のなかをよくするためにお金を稼ぐ。きっかけがあったわけではないけれど、30代半ば頃から、そんなマインドになっていきました。するとよい出会いがあり、応援してくれる人が出てきて、事業が好調になっていった。なんだか不思議ですよね。
それに、マネタイズはあとから考えればいいと申し上げましたが、もちろん勝算はあります。僕は、マーケティングと経営のプロですから」
「イモトのWiFi」や「にしたんクリニック」をはじめ、耳に残る名称や印象的なCM制作など、大衆にアピールする手法に長け、ユーザーが利用しやすく、また利用したくなるアイデアを、スピード感を持って形にする。それは西村の経営者としての強みだ。
「にしたんARTクリニック」は、新宿に次ぎ、日本橋、品川、名古屋、大阪にも順次開院を予定している。また、経営不振に悩む地方の産婦人科クリニックとの提携も進めるなど、「妊娠・出産を後押しし、日本の少子化問題を変えたい」という西村の想いは強い。今後は無痛分娩や、卵子の冷凍保存にも力を注いでいくという。
「若いうちに卵子を採取して冷凍保存しておいて、妊娠を考えるようになった時に、その卵子を活用する。それも不妊の問題を解決する有効な策です。それなのに日本で普及しない理由のひとつは、費用が高いから。ただ、いろいろ考えはしたのですが、これをドラスティックに下げるのは我々でも難しい。ならば、発想を転換しようと思い、福利厚生として導入していただけないか、複数の企業と交渉中です」
1回あたり麻酔込みで45万円を想定し、それを10年分割で企業に負担してもらう。利用する社員は、自己負担なしで卵子の冷凍保存ができ、企業としては、年間一社員につき4万5000円ほどの負担で、イメージアップになるうえに、社員の定着が期待できるというわけだ。
「知恵を働かせ、問題を解決する仕組みをつくるのは、とても楽しい。1日24時間、そんなことばかり考えていますが、仕事という発想はまったくないですね。産婦人科という業界への挑戦も、もうワクワクしかありません。これからも、誰もやっていないこと、やりたがらないことに、どんどん取り組んでいくつもりです」
医療法人社団直悠会
にしたんARTクリニック新宿院
住所:東京都新宿区新宿3-25-1 ヒューリック新宿ビル10階
TEL:0120-542-202
診療時間:平日/9:00〜22:00(土日祝は〜20:00)※診療受付は最終の1時間前
休診日:なし
アプリで、予約のほか、検査結果の詳細や費用明細も確認できる。
保険外診療(自費診療)のみ。
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