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2022.07.09

トルシエ、アルディレスなど、森岡隆三が影響を受けた監督の言葉

2008年に京都サンガで現役を引退した森岡隆三は、翌年から京都サンガのトップチームのコーチとして、指導者の道を歩み始めた。2015年には京都のU-18チームの監督に就任し、2017年からJ3のガイナーレ鳥取を指揮。現在は清水エスパルスのアカデミーヘッドオブコーチングとして、育成年代に関わっている。自身は、桐蔭学園高校から鹿島アントラーズでプロデビューし、その後移籍した清水エスパルスでレギュラーとして活躍。1999年に日本代表に選ばれると、オーバーエイジ枠でシドニー五輪にも出場。2002年のワールドカップ日韓大会ではキャプテンも努めた。そんな森岡をプレーヤーとして育んだ指導者について話を聞いた。【日韓W杯の真実! 開幕戦で天国から地獄を味わった消えたキャプテン】の記事はこちら。

サッカーで一番大切なものはなんだ?

私は、小学生のころからサッカーをしていましたが、読売ヴェルディ(当時)のアカデミーで活躍していた兄と比べれば、決して強いチームに在籍していたわけではありません。父親の「隆三は勉強を頑張らないとな」という言葉も素直に受け入れ、中学受験をし、桐蔭学園へ進学したのです。
そのころ、桐蔭学園高校のサッカー部は、李国秀監督が就任し、全国レベルで頭角を現すようになっていました。しかし、僕が所属していた中学校のサッカー部と高校のサッカー部は別モノだったのです。

高校のサッカー部員は一学年10数名という、サッカー強豪校では考えられないほど少数精鋭の部活。しかも全国から有数の選手が推薦入学で集まってくるため、中学から高校へ進学しても、サッカー部に所属できる選手はほとんどいませんでした。たいていは、高校内のサッカー同好会に入会するのです。公式戦を戦うこともできません。

そこで私は同級生たちと李監督のもとへ訪れました。
「どうすれば、サッカー部に入れますか?」と問うと、「明日から練習に来ればいい」と言ってもらえたのです。それが中学卒業前のことでした。
喜び勇んで、練習に参加したものの、同級生は一人二人とチームを去ることになりました。高校サッカー部の練習についていけないということです。
1週間か10日ほどで、残ったのは私だけになりました。不安になる余裕もないほど必死な毎日でした。

「サッカーで一番大切なものはなんだと思う?」

そうして高校生活がスタートするのですが、李監督は僕ら選手にいつもこんなふうに問いかけてきます。すると僕らは自然と自分で考えるようになるわけです。
「一番大事なのは、ステップワークだ」と提示された答えは非常に奥深いものでもありました。
適切なステップを踏み、軸足が定まり、足を振れば、自然と芯を捉えてボールを蹴ることができる。そうすれば、的確に蹴りたい場所にボールが飛ぶということを練習のなかで実感していきました。

子どものころから、サッカーチームでの練習以外にも自宅前の道路で壁打ちなど、自主練に明け暮れていた私には、私なりのサッカーの技術やサッカー観が身についていたんだと思います。それらは身体に覚えさせたものだったと思います。それらに、理論やロジックを与えてくれたのが、李監督でした。高校時代にサッカーを思考するうえでの土台が培われたのです。
論理的にサッカーを整理できるようになれたからこそ、その後プロ入りして、さまざまな指導者のもとでプレーする時にも、応用ができたんだと感じています。

そんな私は鹿島アントラーズでプロという社会の厳しさを知りました。それは、レベルの高い環境での競争の厳しさだけでなく、出場機会が無くなれば、チームを去らねばならないことや結果が人生を左右するというサッカーを仕事にする現実を学べる時間でした。

鹿島で1年半過ごしたあと、私は清水エスパルスへ移籍しました。
1996年にその清水の監督に就任したのが、アルゼンチン代表として活躍したオズワルド・アルディレス。ヘッドコーチにはアルディレス監督が所属していたイングランドのトッテナム・ホットスパーのレジエンド、スティーブ・ペリマンが就任しました。
シーズン前のトレーニングから、ボールを使った練習が多くて驚きました。「こんなに楽しくていいのか」と。当時の日本ではプレシーズンは、フィジカル強化のメニューを重点的に行うのが普通とされていたからです。
それでも、ボールを使いながらも、サッカーで使うフィジカルは確実に鍛えられていました。遊びのようなメニューでも、すべてが試合、サッカーをプレーすることに繋がっていたのです。

「グッド」「バッド」

練習中のオジー(アルディレス監督の愛称)は、そういう短い言葉を繰り返していました。プレーの良し悪しを定義することで、彼の哲学がチームに浸透していくのです。
難しいボールが来て、無理にパスを通そうとするより、たとえ近くであっても、味方が蹴りやすいようなパスを出せば、「グッドパス」と言う。右足へセットできるパスを出すことは、左側から敵が来ているというメッセージにもなる。そんなふうに「パスにメッセージを込める」ことの重要性が選手に身につくことになります。

さまざまな練習メニューを実施し、それを行うなかで、チーム内の基準が整えられ、浸透していく日々はとても面白かった。言葉で説明するのではなく、プレーすることで身についていくのだから、練習が楽しいのは当たり前だろう。

ミスに対するオジーの考え方も新鮮でした。

もし、コントロールに失敗して、ボールを失ってしまった場合、「何をやっているんだ! 集中しろ」と叱責する指導者は多いかもしれない。しかし、オジーは何も言わない。ミスした選手を責めたりしない。その代わり、失ったボールを奪い返した選手を「That‘s It」と称賛する。ミスが起きたとしても、味方がそれをカバーできれば問題ないということ。そんなカルチャーはミスを恐れないチャレンジを生み、それによってチャレンジの質が上がり、プレーも向上するのです。選手は皆、前向きな気持ちでサッカーに向き合えていたと思います。

また、味方のミスをカバーすることで褒められると、チームのために汗をかくプレー、献身性も当然高まっていきました。チーム全員でボールを守るという意識によって、セカンドボールへの反応も速くなりました。

とにかく毎日が楽しくて、練習へ行くのを心待ちにする日々。毎日成長実感を得ながら、過ごせるのだから、成長速度が高まっていくのも当然でした。

オジーに会う前の僕は、サッカーに関して、頭が固くなっていたところがあったように思います。自分の考えに固執している面が確かにあったと思います。遊び心がなく、愚直に行くという気持ちが強かったと言えるでしょう。そこに柔らかさを与えてくれたのがオジーだったのです。自分が身につけてきたものをこんなふうにピッチで表現すれば、サッカーは楽しいと。その醍醐味を教えてくれたんだと感じています。

そして、僕を日本代表に呼んでくれたフィリップ・トルシエ監督は、視座を高くしてくれた指揮官でした。1999年のコパアメリカで、南米の強豪国相手に苦しみながらも、本気で「勝ちたい」と望めたのも、「届かない相手じゃない」と思えたから。その後もフランス代表やスペイン代表など、世界の国と戦いながら、上を見て、成長し続けられたのは、トルシエ監督が選手の気持ちを引き上げてくれた結果だと感じます。

トルシエ監督とは何度か衝突したこともあります。

「帰れ!」と怒鳴られて、練習の途中でロッカーに引き上げた事件もありました。「もうこれで代表に呼ばれなくなるかな」と思った時も、練習が終わると、「どうだ?」と監督から声をかけてくるのがトルシエ監督です。監督と選手は上司と部下ではなく、同じ目標に向かっている同僚というような感覚を抱ける存在でもありました。彼の真剣さが理解できたし、彼も僕が話をすれば耳を傾けてくれる。ピッチ上での選手の判断を尊重してもくれたと思います。

私自身が監督という職に就いた時、自分が指導を受けた指導者の方々のことを改めて考えることが度々ありました。「あの時は理解できなかったけれど、今なら理解できる」とかつての指揮官の想いを受け入れられるのです。同時に選手だった自分の想いを忘れずにいたいとも感じます。

オジーは選手の変化に敏感でした。髪型や服装の変化だけでなく、スパイクが変わったことにも気づき、声をかけてくれるのです。選手は「そんなところまで見てくれているのか」と嬉しくなる。指導者はクラブハウスやピッチ上の選手しか知りえません。プライバシーを尊重しながらも、選手の変化を敏感に捉えるのは、彼らの私生活の変化がプレーにも影響を及ぼす可能性を理解しているからだと今なら思います。けれど、監視しているのではなく、寄り添っていると選手に思わせるのは、オジーの人間性がなせる業だったのでしょう。
監督と選手がお互いにリスペクトし合える環境があるからこそ、チームの成長循環が高まっていくことを改めて感じます。

【日韓W杯の真実! 開幕戦で天国から地獄を味わった消えたキャプテン】の記事はこちら。

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TEXT=寺野典子

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