酒場でこそ、人間の品格は問われる。だからこそ、いい酔い方をしたい。そこで、絶品の酒を振る舞い、人々を癒やすスナックのママにジェントルなお酒との付き合い方を聞く。【シン・男の流儀】
店の扉を開ければ常連さんが迎えてくれる
四谷三栄町に光る青いネオン。55年続く老舗スナック『チロ』、その松永郁子ママは、2代目として看板を守り続ける。
「学生の頃にここでアルバイトをさせてもらいましてね、もう40年くらい前になるかしら。別の仕事をしたこともあったけれど、帰ってきて、先代がご病気されてから店を引き継ぎました」
壁一面に取りつけられたロッカーには、キープボトルがずらり。ボトルにはそのお客が歴代空けてきた本数が書かれ、なかには1236本という強者も。
「お店の経営が厳しくて、自分のお金を持ちだしたこともあった。けれど続けてこれたのは、お客さんのお話を聞くのが好きだからでしょうね。どんな人でも必ずいいところがある。それを見つけるのが好きなんです」
時代ごとに栄華を極めた仕事人たちが訪れ、その栄枯盛衰を見てきた郁子ママ。
「新聞社の社員が多く訪れた時代もあれば、銀行関係者が大勢でいらしてくださった時代もありました。最近はIT関係のお客さんが多いかしら。皆さん素敵な仲間を連れてきてくれて常連さんが増えていきました。現役時代から、何十年も通ってくださる方も。もちろん一見さんも歓迎。初めてのスナックって入りにくいじゃない。だから一杯ひっかけてから、勇気を出して来てくれたっていいの。常連さんが『よく扉を開けた、偉い!』って褒めてくれますよ」
お酒をジェントルに楽しむ方法、それは“思いやり”にかぎると郁子ママは話す。
「カウンターからお手洗いに立つ時に、『ちょっとすみません』って周りを気遣うくらいでいいの。お客さん同士仲良くなることもあるけれど、適度な距離は必要。それを大切にしている方は格好いいですね。でもまずはこの店の扉を開けることから、すべては始まりますよ」
Ikuko Matsunaga
スナックチロ ママ。群馬県生まれ。会社勤務を経て20代で法政大学に入学。その頃のアルバイト先であったスナック『チロ』に、1982年頃に戻り、2004年に先代から店を引き継ぐ。先代から受け継いだ内装を、日々新品のように磨き上げている。