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2022.02.17

涙の銀メダルでも輝いていた高木菜那、高木美帆、佐藤綾乃の世界一美しいと称される隊列“1ライン”──連載「コロナ禍のアスリート」Vol.44

まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

写真:新華社/アフロ

選手層の底上げ、新戦術の模索に時間を割けなかったことも響く

マットに激突する高木菜那(29=日本電産サンキョー)の姿を確認すると、前を滑る高木美帆(27=日体大職)、佐藤綾乃(25=ANA)が頭を抱えた。その瞬間、つかみかけていた連覇の夢が消滅。立ち上がり最後まで滑りきった高木菜那は泣きじゃくり頭を下げた。高木美帆が歩み寄り、優しく抱擁。無言のまま、敗戦の責任を背負う姉に寄り添った。

「掛ける言葉が見つからなくて、そばに行くことしかできなかった。起きてしまったことはどうすることもできない。責任を背負う必要はないが、本人はそうはいかないと思う。複雑な気持ちで寄ることしかできなかった」

北京五輪スピードスケートの女子団体追い抜き決勝が12日、国家スピードスケート館で行われた。2018年平昌五輪の覇者・日本はカナダに敗れ、銀メダル。序盤から優位にレースを進めながら、まさかの結末が待っていた。残り200mで0秒32のリード。勝利目前の最終コーナーで最後尾の高木菜那がバランスを崩して転倒した。ゴールまでの距離は約60m。高木菜那は「転ばなければ優勝できたかもしれないタイムだったので悔しい。(転倒の原因は)まだ考えていない。頭がついてきていない」とうつろな目で声を絞り出した。

カナダは今季W杯3戦全勝の強豪。日本は積極的なレース展開で最大1秒05のリードを奪ったが、終盤は徐々に差を詰められた。佐藤は「自分たちのラップタイムしか見られていなくて、リードがどれくらいか分かる状況ではなかった。でも、ヨハンと糸川さん(ともにコーチ)の雰囲気から、焦りというか、相手が追い上げているのを察した」と言う。コーチ陣の慌てた様子が選手に伝達したことも影響し、痛恨のクラッシュにつながった。

決勝2時間前の準決勝の相手は格下ROC。4番手の押切美沙紀(29=富士急)を投入して高木菜那を休ませる選択肢もある中、ベストメンバーで臨んだ。余力を残して6秒99差で快勝したが、平昌五輪では準決勝で4番手の菊池彩花(’19年4月に引退)を起用して佐藤を休ませており、この采配が明暗を分けた可能性もある。コロナ禍で’20~’21年は海外遠征できず、選手層の底上げ、新戦術の模索に時間を割けなかったことも響いた。

3人で隊列を組み、1周400mのリンクを6周。最後尾の選手がゴールしたタイムを争う。空気抵抗の大きい先頭を誰が担うかが、カギを握る種目だ。日本の先頭は12日の1回戦を含め、全3レースとも高木美帆1・75周→佐藤1周→高木菜那1・5周→高木美帆1・75周の順番で担当。3度の先頭交代は4年前と同じ戦術だった。

消耗を分散できる一方で、隊列が乱れて減速する先頭交代の回数を減らすのが世界のトレンド。今大会は先頭交代を行わないチームも出た。加えて多くの国が後方の選手が前方の選手のお尻を押しながら滑る“プッシュ”を導入。後方からのアシストで先頭の消耗を最小限にする新戦術だ。

日本も平昌五輪後は最善の戦術を模索してきた。風洞実験などで科学的データを集め、先頭交代時の空気抵抗を分析。隊列を組む3人の滑る軌道を映像で記録し、どのルート、どのタイミングで選手が入れ替われば減速を最小限に抑えられるかを割り出した。

1年前の全日本選抜長野大会では1度も先頭を替えない戦術をテスト。今季W杯では交代を1回に抑える戦い方を試した。結果は2位、8位、2位。第2戦は世界記録ペースでラップを刻んだが、4周を引っ張り消耗した高木菜那がラスト1周で転倒した。

年間300日を超える合宿で連係を作りあげた日本は減速を最小限に抑えて先頭交代できるのが強み。他国に比べて交代を減らすメリットは少なかった。W杯でカナダに3戦全勝を許し、1月の国内合宿中にミーティングを実施。各戦術の長所、短所を検証した上で、最後はコーチであるヨハン・デビットの提案で4年前と同じ3度の先頭交代と“プッシュ”の採用が決まっていた。

涙の銀メダルとなったが、世界一美しいと称される隊列“1ライン”は健在だった。カナダのエースであるイザベル・ワイデマン(26)は「私たちは日本の完全な連係、一糸乱れぬ滑りをずっと追いかけてきた」と証言した。

高木菜那は「(高木美帆、佐藤との)3人でしかできないパシュート(団体追い抜き)を貫き通せたことは誇っていい。皆で金を獲りたかったけど、(押切を含めた)4人で歩いてきた4年間は自分たちの宝物」と最後は涙を拭った。

TEXT=木本新也

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