まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。
北京五輪まで残り4ヵ月でたどり着いた国内王者の座
来年2月の北京五輪まで4ヵ月を切り、日本スピードスケート界に新星が出現した。10月22~24日に長野市エムウェーブで開催された全日本距離別選手権の男子500mで21歳の森重航(21=専大)が34秒64の大会タイ記録で初優勝を果たした。
最終14組で同走した国内最高記録保持者の村上右磨(28=高堂建設)を最後のストレートで抜き去り、自己ベストを0秒18更新。前の組で滑った日本記録保持者の新浜立也(25=高崎健康福祉大職)にも0秒03差で競り勝った。
2010年バンクーバー五輪銅メダルの加藤条治(36=博慈会)が2012年にマークしたタイムに並ぶ大会タイ記録。新浜、村上の二枚看板に割って入り「優勝できると思っていなかったので、素直に嬉しい。ふたりに勝ちたい気持ちより追いつきたい気持ちが強かったので、びっくりしています。まだ実感がわかない」と初々しく喜びを語った。
専大3年生。2020年世界ジュニア選手権500mで3位、'20年世界大学選手権500mで3位などの実績が評価され、今季からナショナルチームに選出された。世界でも上位を狙える新浜、村上と練習をともにして世界基準の技術、競技に取り組む姿勢を肌で感じたことで急成長。スプリント能力の高いふたりを参考にして苦手だった最初の100mの改善に取り組んだことが好タイムにつながった。
実家は酪農
北海道東端部の別海町出身で、小、中学時代は新浜の出身クラブでもある別海スケート少年団白鳥に所属。酪農を営む実家から練習場の町営天然リンクまで約20kmの道のりを自転車で通い、身体を鍛えた。ちなみに新浜の家族は漁業を営み、練習場まで約25kmを自転車で通った。同少年団の小村茂監督(51)は「森重は後半が強く、新浜は爆発的なトップスピードが武器。酪農と漁業のバックボーンがあるふたりは強みも対象的です」と解説する。
男子500mは3大会ぶりのメダルが期待される種目だ。エース新浜は2019-2020年シーズンのW杯の500mで種目別総合優勝。男子日本勢では清水宏保以来、19年ぶりの快挙だった。同年の世界選手権では500mと1000mを2度ずつ滑って合計得点で争うスプリント部門を制覇。1987年の黒岩彰以来、日本勢として33年ぶりの栄冠を手にした。
村上は2019年12月のW杯長野大会でW杯初優勝を果たした。今年3月の長根ファイナルでは33秒44の国内最高記録を出し、新浜を0秒07差で抑えて優勝。コロナ禍で日本選手団が派遣を見送った同2月の世界選手権の優勝タイム34秒39に肉薄した。
北京での金メダルを目指して切磋琢磨(せっさたくま)してきた新浜、村上は、21歳の新ライバルを歓迎する。新浜は「3番手まで誰が勝つか分からない状況は刺激になる」と競争激化に気を引き締めた。村上も「正直、負けるとは思っていなかった。3人で争うことで世界でもトップ争いに食い込めるようになる」と強調する。
スピードスケート日本男子は1984年サラエボ五輪から2002年ソルトレークシティー五輪まで6大会連続でメダルを獲得。2006年トリノ五輪は表彰台を逃したが、2010年バンクーバー五輪は長島圭一郎が銀、加藤条治が銅を手にした。地元開催の1998年長野五輪では清水宏保が頂点に立っている。かつては"お家芸"と言われたが、2014年ソチ五輪、2018年平昌五輪と直近2大会はメダルから遠ざかっている。
北京五輪の出場枠は各国最大で男女各9。日本代表は11~12月のW杯4大会と12月末の代表選考会で選考する。W杯で日本連盟が定めた基準(平均的に3位以内)を満たせば代表に内定。残りの選手は代表選考会の成績で選ぶ。
全日本距離別選手権の優勝でW杯出場権を手にした森重は「まだまだタイムは上にいけると思う。代表争いに食い込めると思っていなかったので、これから選考に向けて気持ちを高めていきたい」と視線を上げた。北京五輪開幕まで約3カ月。森重の優勝が決まった瞬間に起きた会場のどよめきが"お家芸"復活を予感させた。