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2021.10.21

日産自動車を急回復させた男の国境なきクルマ愛【後編】

2019年末に17代目日産自動車CEOに就任した内田 誠は、37歳にして転職を果たし、今や約13万人からなる“チーム日産”を率いる。業績不振に苦しむなかで経営のバトンを受け取り、赤字からついに3年ぶりとなる連結損益600億円という黒字化の見通しだ。Z旗を掲げ、業績を急回復させた男の経営哲学とはーー。独占インタビュー後編。前編はこちら

21年度第1四半期はグローバル販売台数が急回復

21年度第1四半期はグローバル販売台数が急回復し、対前年比で63%増加。特に北米と中国では70%以上伸びた。5月の20年度決算発表では’21年度の営業利益は±ゼロと発表していたが、7月に+1500億円の見通し、と上方修正した。

“覚悟と心構え”を学ぶ。韓国と中国への出向

すべての車種の総責任者を務めた。特にルノーの韓国工場で造ったSUV、エクストレイルを北米市場へ輸出するプロジェクトでは、徹底的にコストを下げ、ビジネス効率を高めて多大な利益をもたらした。社内では当時“アライアンスの成功事例のひとつ”と評された。

2度目は’18年、日産の専務執行役員を兼任し、東風汽車有限公司取締役総裁として中国で指揮を執った。合弁企業での経験は大きな糧になったという。

「生まれ育った環境や会社の本籍の異なる人たちとの仕事は、学びが多かった。現地プロパーの社員の視線は“お手並み拝見”。どうせ3〜5年で本国に帰るんだろ、です。でも同じ志と目標を持って合弁事業を成長させるには、相手・現地法人の立場に立って胸襟を開いて、自分は日産をクビになってやってきた! くらいの気持ちと覚悟で挑み、働かなければ真のコミュニケーションは生まれない。彼らも生活がかかっていますし、内田は私たちのために本社をどれだけ動かせるんだ? と現地関係者は見ている。でも、一度信頼を築くとそのチームは強い。一体感、絆が醸成され、会社も強くなり業績も伸びる。世界中どこでもそうだと思います。だって人と人ですから」

内田新体制で進む事業構造改革「Nissan NEXT」

内田新体制で進む事業構造改革「Nissan NEXT」。6月に行われた株主総会では改革への手応えと、完遂への強い思いを株主に対し語った。

覚悟がなければ帰ってもらってかまわない!

中国の合弁企業では総裁(社長)という立場だったので、日本から出向してくる社員には「ここでずっとやっていくぐらいの強い覚悟がなければ今すぐ帰ってもらってかまわない!」と厳しい言葉をかけていたという。中国赴任決定時にはこんなエピソードも。当時の上司に、「中国の合弁会社に今すぐ行ってくれないか」と言われ、「社命とあらば、もちろん行きます」と即答した。家を自分で設計し、人生最大の買い物となった新居に家族と引っ越す直前の出来事。結局、首都圏に落成した戸建てには赴任までの2週間しか住めなかったと内田は笑う。

そして’19年12月、中国赴任からわずか1年と8ヵ月で内田は日産自動車のCEOに就任。まさか自分が社長になるとは夢にも思っていなかった。

「社員が日産で働くことを誇りに思えるような会社にするために、自分ができることは何でもしようじゃないか」と、覚悟を決めた。本当はもう少し現地に軸足を置いて仕事をしたかったという内田のもとには、今も韓国・中国赴任時代の仕事仲間から頻繁に連絡が来るという。

日産の社風と商品・社員の底ヂカラ

たゆまぬ努力と深い思索の日々があったとはいえ、歴史ある自動車メーカーのトップにヘッドハンティングではなく、“中途入社組”が就任するのは珍しい。

「日産の素晴らしさは、国籍や出身地、学歴などにまったくこだわらないところ。私自身、企業人では珍しい神学部出身ですし、大学名を記入する欄がない人事関連書類もある。ダイバーシティ(多様性)とイクオリティ(公平性)、インクルージョン(包括性)に富んでいる、自由闊達な会社ですよ。パフォーマンスを上げていれば正当に評価されます」

内田は’20年5月に発表した事業構造改革計画“Nissan NEXT”で、18ヵ月以内に12の新型車種を順次導入する方針を打ちだした。その嚆矢(こうし)である北米向けのローグ(日本名エクストレイル)やノートは売れ行き好調で、21年度第一四半期の好決算にも寄与。今冬には日産初のクロスオーバーEV、アリアを発売、商品ラインナップも魅力を増している。「GT-RやフェアレディZといった尖ったスポーツカーからリーフのような電気自動車まで、さらに’22年には初の軽自動車規格のEVも発売します。個性溢れるクルマを造れる土壌があるのが日産らしさ。新型Zには運転好きのためにマニュアルトランスミッション仕様を設定します。私もアリアと新型Zのマニュアルを買うつもりです」

週末、内田の姿は横浜市都筑区にあるヴィンテージ専門店にあった。かつての愛車、Z32型フェアレディZに試乗するためだ。同行するのは内田の大学生時代からの親友で、俳優・プロデューサーの松田一三(ひとみ)さん。

’20年7月にブランドロゴを刷新

新たな日産の船出にあわせ’20年7月にブランドロゴを刷新。「ここからどう輝けるか。全社一丸となり、覚悟を持って取り組みたい」。やや安堵の表情を浮かべながら強く語った。ここからが正念場、“やっちゃえ!日産”の反転攻勢はすでに始まっている!

「ウッチャンとの出会いは大阪・梅田にあるスポーツクラブ。インストラクターのアルバイト募集で3桁という応募のなかから私たちふたりだけ合格。それ以来の付き合いです。当時私は(フェアレディ)Z31型に乗っていて、クルマ好き同士話が合い、よく食事や遊びにつるんだ仲。海外経験豊富で語学も堪能、人間としての器が大きくてお偉いさんになるだろうとは思っていましたが、よもや日産自動車トップになるとは! そういう運命だったんですね」と松田さん。

内田は含羞(がんしゅう)の表情を浮かべながら「本気で探しているんだ。早く乗ろう」と親友を促す。Tバールーフを外して陽光を浴びながらステアリングを握り、28年ぶりとなるZ32のアクセルペダルを踏みこむ。

「とても30年前のクルマとは思えないほど剛性が高くて驚いた! 開放感もあって最高。ドライブすると90年代の出来事や当時聴いていた音楽が頭のなかにフラッシュバックする。Z32をじっくり見てこの美しさ、セクシーさに惚れ直しました」

俳優・松田一三さんと中古車巡り

週末は親友である俳優・松田一三さんと中古車巡り。1990年式のこのZ32は、走行約4 万kmで298万円という好物件だったが、あいにくAT仕様だったため今回は見送りに。「やっぱりZ32は今見てもカッコいいよね」と松田さん。取材協力=CLASICA

私の舵取りはまだまだ始まったばかり

「大好きな日産が、お客様と社会から必要とされる会社であるためにできることをやり続ける。お互いを尊重し、経営にあたっては透明性を維持、信頼関係を醸成すること。そして、新たな考え方や技術を取り入れて新しい価値を生みだし、お客様に『やっぱり日産よかったよね!』と言っていただけるように従業員がONE TEAMとなって仕事に取り組めるようにしたい」

内田が仕事の信条として掲げる“尊重、透明性、信頼”は、奇しくも37歳で入社し配属されたルノー日産共同購買本部で大切にされていた言葉だ。Where there’s a will, there’s a way. ーー意思あるところ、道あり。“カーガイ”内田 誠が率いる日産自動車。復活への道は、拓けている。

 

内田誠を知る8つのプライベート

1. これまで経験したアルバイトは?

水泳の監視員、ジムのインストラクター、バーテンダー、荷物の仕分けなど。

2. 休日の過ごし方は?

自社製品での長距離試乗。ラン&ウォークや料理。ギター歴は20年以上!

カイロで過ごした小学生時代

カイロで過ごした小学生時代
小1から小5まで過ごしたエジプトでは、自宅からピラミッドが見えた。ラクダにもよく乗った。「1970年代でしたから日本人も皆無で、醤油もない。だから友人宅に送られてくる『サーキットの狼』はとても貴重な情報源だった(笑)」

3. これまで乗ってきた愛車は?

フェアレディZ32、メルセデスSL、BMW325i、マーチ、スカイライン、リーフ、ルノー・メガーヌR.S.など。オートバイも多数所有。

4. 今欲しいクルマは?

Z32のMT仕様を探しています。新型アリアと新型ZのMT仕様をプライベートで購入予定です。

青春時代を過ごしたバイク三昧のマレーシア

青春時代を過ごしたバイク三昧のマレーシア
15歳で免許が取れるマレーシアではどこへ行くにもオートバイだった。スポーツはアメリカンフットボールと水球、水泳に打ちこみ、水泳では住んでいた州の大会で1位になったことも。10代での海外生活は内田の価値観、世界観を大きく変えた。

5. クルマで流す音楽は?

ハードロックをヘビロテ。Guns N’ Rosesをよく聴いていました。

6. 影響を受けた映画は?

『ロッキー』『愛と青春の旅立ち』『トップガン』『ウォール街』

初の愛車はZ32出発前の洗車は欠かさず

初の愛車はZ32出発前の洗車は欠かさず
人生初の愛車を手に入れたのは27歳の時。「清水の舞台から飛び降りるつもりでフェアレディZを購入。人生の節目や重要局面で高価な買い物をし、己を奮い立たせる。一戸建て建築もそうでした。まさかZを造る日産CEOになるとは!」

7. 乗り物以外に好きなものは?

ワイン、シャンパン、料理。カレーとパスタ、熟成肉に凝る派。

8. 普段のランチはどこで?

自宅でサラダを作って持参し、会社のデスクで食べる。「コーヒーも自分で淹れます」

日産に転職し、輸入車からあえてマーチに乗り換え

日産に転職し、輸入車からあえてマーチに乗り換え
日産に転職して心機一転、自分を鼓舞するために赤い輸入車から乗り換えたマーチ。「部長職になっても乗り続け、走行距離14万km以上に達した。“部長でマーチなんて夢がない”とスタッフに言われるまで、一緒に成長した思い出深い相棒です」

 

内田 誠の3つの信条

01. お互いの尊重

Respect/世界中から多様な人が集まってきている会社だから、お互いの文化・立場・考え方などを尊重し、相手に敬意を持って接したい。自由闊達ななかでも個人の尊重を。

ギターはエレキ、アコースティックを複数本所有

ギターはエレキ、アコースティックを複数本所有する。写真はアメリカの名門PRSの限定モデル。細やかな表現を即興で奏でる内田 誠のソロやリフ。「塗装にこだわって選んだ一本。自宅でディストーションをかけて音を歪ませて弾いていると娘が“エアギター”を、妻がダンスをして一緒にノッてくれることも(笑)」

02. 透明性の維持

Transparency/多様な人が集う企業だから、自分をさらけだし相手に理解してもらうことが大切。社内の意思決定プロセスも就任後に大きく変え、経営の透明性も確保した。

ダンベルとステッパー(脚用の運動器具)

自らを律するため、CEOに就任してから身体を絞っている。執務室にはダンベルとステッパー(脚用の運動器具)を置き、毎日仕事の合間に時間をつくり、鍛えている。休日はランニングとウォーキングがルーティン。

03. 信頼感の醸成

Trust/透明性を確保しお互いを尊重すれば、信頼感や強固な絆が醸成される。信頼感で結ばれた仲間と、同じ目的・目標に向かって仕事をし、自分と会社を成長させたい。

尊重・透明性・信頼

中国のジョイントベンチャー東風汽車有限公司でも「尊重・透明性・信頼」は常時口にしていた。中国語と日本語の漢字は一部異なるが、3つの言葉をあしらったガラスの盾をスタッフが贈呈してくれた。まさに内田の信条はこの3語に集約される。

 

Makoto UCHIDA

Makoto UCHIDA
1966年東京都生まれ。’91年、同志社大学神学部を卒業し日商岩井(現・双日)入社。2003年に日産自動車へ中途入社。’16年、常務執行役員・アライアンス購買担当、’18年、専務執行役員・東風汽車有限公司取締役総裁を経て、’19年、代表執行役社長兼最高経営責任者・東風汽車有限公司取締役。’20年2月より現職。
「“時代に先駆けて挑戦し続ける日産”ならではの価値をお客様に提供するとともに、将来のモビリティのあり方を提案し、その実現に向けて取り組み続け、従業員が日産で働くことに誇りを持てる会社を目指します。そうなれば、きっとお客様も日産を信頼し、好きになっていただけると私は強く信じています」

TEXT=数藤 健

PHOTOGRAPH=岡村昌宏(CROSSOVER)

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