30年前に起業し、大阪・南船場にカフェレストラン1号店を開業。東京を中心に92店舗の飲食店や宿泊施設を展開するバルニバービ。佐藤裕久社長の次代を見据えた展望は「地方創生」だという。淡路島西海岸で繰り広げる地元も巻きこんだ新事業について、その意義と今後について聞いた。
淡路島のポテンシャルの高さに魅せられて
「初めてここ淡路島の西海岸に来た時は、本当に何もない野原だったんです。スタッフにも、ここに一から飲食店などの施設をつくるのはありえないと言われました。でも、海に向かって椅子を置き、夕陽を眺めながら過ごしていたら、みんなが笑っているイメージが頭に浮かんだんです。きっとできる、きっとそうなると思えました」と話す佐藤社長。
26年前の大阪・南船場。夜になると人気もなくなる倉庫街にカフェをひらき、またたくまに繁盛店にしただけでなく、界隈一体を人が集まる場所にした。
そして今また取り組むのが、ともすれば過疎地にもなりかねないエリアの創生。今回取材をさせていただいた淡路島などに、飲食店やホテルなどの施設をつくって観光客を呼ぶ。さらには、その地に根づく人を他府県から呼びこみ、地元と一体になって新しい文化拠点へと蘇らせる。まさに開拓者。それも先のことを見通せる力を蓄えた先駆者の所業だ。
ところが佐藤社長は「そんな大それたことではない」と言う。
「新たなビジネスの場を発掘する先見の明ではない。基本は、僕自身が、その場所が好きかどうか。そこへ行きたいかどうか。淡路島の食材は以前から注目してダイニングやカフェで使っていましたが、なかなか来る機会がなかった。2014年だったか、僕のバースデーパーティを東海岸でスタッフがやってくれて東海岸を訪ねた時にビーチを見て、こんなキレイなところに住みたいと思ったんです。
そして、コロナ禍の今、時代の流れにも後押しされ、ここの可能性を開花させる施設をつくることに、つながったんです」
2度の出来事が地方への想いを強めるタイミングに
そもそも、大阪、東京など都心で店舗展開してきた佐藤社長が地方に目を向けるようになったのは、どんなことがきっかけだったのだろう。
「2回のタイミングがありました。1回目は、2011年3月の東日本大震災です。その年の4月に台東区の元事務所兼倉庫ビルの1階から3階に新店をオープンする予定で改装工事をしていたんです。ところが震災が起こって工事が中断。施工会社から、原発の問題もあるし、東京がこんな危機的な状況にあるのに、工事を続けて店を開業するのかとたずねられました。でも僕は、日本の機能が集中した東京がだめになることにはならない予感がした」
もし東京という船が本当に沈むなら、船もろとも自分たちも沈むだけだと腹をくくったそうだ。だが一方で、社員やスタッフの安全を考え、大阪に空き店舗やすぐにでも住めるアパートなどを確保した。もし、本当に危険が押し寄せたら、従業員たちを東京から離す選択もあると頭のどこかでは考えていたのだ。
「もう一度のタイミングは、東京オリンピックが決まった2013年です。これで、ますます東京の一極集中が加速すると感じました。海外からお金のある人が東京を訪れたら、この面白い街に興味を持たないはずがない。きっと別宅としてマンションや家など不動産を買う人も増えるだろうと。そうなると、普通に働く人たちは、ますます東京では暮らしにくくなるでしょう。そう考えた時に、これからは地方へと目を向ける時がやってきたと思ったんです」
地方に住まない人の理由は3つ
2014年に淡路島を訪れたあと、すぐに15haの土地を南淡路に購入した。まずは自分の家や仲間たちの遊び場として使えればいいと思ったからだ。そして、淡路島を訪ねるたびに、こんな素晴らしい場所を放っておいていいはずがないと感じたそう。
「今、淡路島や地方の小さな町が放っておかれるのは、解決できない絶望的な理由があるからではないんです。若い人は、時代の流れでなんとなく都会で暮らしたい。都会でないとやりたいことができないと思っている。そのなんとなくが増幅された結果が、東京への一極集中につながったのでしょう。
東京の何分の一の価格で土地や家が買えたり、心が休まる自然があったり。視点を変えれば、山ほど魅力のある場所が、日本中いたるところにあることを、忘れてしまっているんです」
ところが、このコロナ禍だ。仕事も学校もリモートでできることが実証された。そうなって初めて、「地方創生」という言葉が現実のものとして捉えられ、動きだしたのだという。
「おそらくですが、都会にでる人たちの理由はこの3つではないでしょうか。ひとつめは、退屈。地方にはお洒落なものや楽しいものがない。ふたつめは窮屈。地方の町には昔ながらの人間関係があって、周りの目を気にして生きなければいけない。そして、3つめは、人生を豊かにする勉強や仕事、恋愛といった機会がない」
ならば、その3つを解消すれば、人は戻ってくるはずだ。ただ、観光だけでは地方創生はかなわないと佐藤社長は言う。地方創生イコール観光ビジネスではない。その地を愛して暮らす人、何度も訪ねるファンをどんどん増やすことが必要なのだと。
若い世代が地方を離れる理由を解消する方法として、自分ができることは何かと考えた時、まず浮かんだのは地元だけでなく、他府県の人が行きたいと思う場所をつくることだった。それは26年前、何もない南船場に1号店を開店した時と同じ想い、同じフィロソフィーだという。
まずはスタイルがあり美味しいものが食べられるレストランをつくる。若い働き手がいないなら他府県から呼ぶ。この西海岸のレストランをオープンする際も大阪や滋賀で働いていたスタッフを異動させた。
「最初は淡路島には行きたくないと言ったスタッフもいましたが、1年たった今、ほとんどのスタッフが、淡路島に移住したいと言う。なぜか? ただ知らなかっただけなんです。なぜなら淡路島にはポテンシャルがあるからです。広い一軒家で暮らせる、食材が豊富で美味しい、美しい海が目の前にあって、それを眺めながら仕事ができる。コロナ禍の今は会議もリモートでできるし、不自由を感じません」
ダイニングのあとは、リゾートホテル、ピクニックガーデン、森田恭通氏デザインのラーメン店、女性スタッフのバー、回転寿司店など人が集まり交流できる場所を次々に開業し、働く人だけでなく、行きたい、住みたい人を増やしていくという。
こうして人が集まると、住まない3つの理由、退屈、窮屈、機会がないというすべてが解消されるうえ、お互いに見守り合う治安も生まれる。
町の信頼を得ることも大切
地方再生のもうひとつの壁は、地元に受け入れてもらえるかどうかだ。だが、バルニバービのように10年以上も前から淡路島の食材を使ってきた飲食店は、地元とのつながりが既にできている。もっと言うならば、より現地の食材を消費することになる。玉ねぎなどの野菜も、卵も、肉や魚も、できる限り地のものを使うから、島の生産者たちも潤っていく。
自社のスタッフだけでなく、島の人も、ずっとここに住みたいと思ってもらえるよう、地元を巻きこんだイベントの開催も計画している。例えば「アワフェス(シャンパン、ビール、サイダーなど泡ものをみんなで愉しむお祭り)」や「オニパー(玉ねぎスープを大鍋でつくって無料配布する)」だ。
「人を呼びこむことと、住む人を増やすことは同じ。その地の魅力を体感してもらえば、そこへ結びつく」と言う佐藤社長。
今後、淡路島に移住したい人を受け入れる施設も建設中だという。数年前に廃校になった旧尾崎小学校の校舎を買い取り、そこにコワーキングスペースとオープンカフェ、子供たちがゆっくり過ごせる図書室をつくる。
また、使われていなかった公民館は、サウナやテラスもある宿舎に改装し、社員だけでなく、リモートワークで島を訪れる人に1ヵ月単位で貸しだすそうだ。次から次へとアイデアが湧きでるだけでなく、実際にそれを形にする。その原動力はどんなところにあるのか。
「僕は好きなことしかしないし、昔から好きなことが変わらない。たおやかにカッコよくみんなが笑える社会をつくれたらいいと思っているだけ。ただ、その答えが見つかっていないからこそ、楽しいことを仕かけていく。あと先考える前に、一歩踏みだす僕のバカさ加減は、他の人にはないかもしれません(笑)。誰か初めに覚悟をして進む人が必要だから、僕はこれからもそれを担っていきたい」
2015年に東証マザーズに上場したことで、優秀な人材がさらに集まり後継者が育っている。今後は、自身も東京や三浦の自宅のほか、1年の3分の1を淡路島で暮らしたいという。南淡路の広大な土地に寄宿舎つきの学校をつくり、一般の学校では生きづらい子供たちを受け入れるのが夢だと語る。
「それを実現するには、資本効率を問われないお金も必要なんですよね」だから今欲しいものは「リターンからリリースされたお金」だと笑う。この人なら、それも必ず実現するのだろうと思わせられる、自信に満ちた笑顔だった。
佐藤裕久のアイデアの源泉
趣味は仕事、DJ、読書、バンド活動、テニス、ランニングとサウナ。ホテルだけでなく社員寮にもサウナをつくるのは、身体を休める時間も大切だと思うから。サウナで考える時間が新しい発想を生むこともあるという。
※ゲーテ2021年9月号の記事を掲載しております。掲載内容は誌面発行当時のものとなります。
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