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“美しき村”をつくった男の圧倒的巻きこみ力:立花 哲也

アクアイグニス代表取締役
立花 哲也

プロジェクトの開始からおよそ7年。民間企業と周辺6町が連携し、三重県多気町の山々を切り崩してつくった 東京ドーム24個分もの大きさの未来型商業施設、VISON(ヴィソン)がいよいよ始動する。周囲の人たちを次々と味方につけて、 この施設を実現した男の手腕とは──。


日本の食と文化が集結!大スケールのリゾート

飄々とした足取りで、自ら手がけた商業リゾート施設、ヴィソン内を見て回るのは、アクアイグニス代表の立花哲也だ。ヴィソンがあるのは、自然に恵まれた三重県多気(たき)町。敷地面積は東京ドーム24個分に相当するおよそ119haで、空の上からでないと全貌が見渡せないほど広い。そのうち開発面積は約半分の54ha。そこに飲食や雑貨などを扱う68の店舗やホテル、産直市場、温浴施設、農園などが誕生。その光景は、さながら施設名の由来である“美村”つまりは美しい村のようだ。

施設は4月末から7月にかけて順に開業。未来に向けて数々の試みが進行中や構想中でもある。この壮大なプロジェクトをパティシエの辻󠄀口󠄀博啓氏とともに牽引するのが、立花だ。

若い頃からひとつひとつ実績を積み重ねて、今の立場を築き上げた立花。高校卒業後の進路として志望していたのは芸大への進学だった。陶芸を学びたかったのだが、受験に失敗し、19歳の時に地元の建設会社でアルバイトを始めることになる。

「最初はしかたがなくといった感じでしたが、現場には人情があって、やったことはちゃんと評価されるし、やればやるほど収入が上がる。性に合っていたのか、どんどんのめりこんでいきました。仕事をバンバン覚えて、すぐに現場監督になって、全部自分でできるようになったので、20歳の時に会社をつくり、ひとりで独立したんです」

経営は順調で5年後には社員40人規模になり、公共工事の仕事も請け負えるようになった。「建設会社の親方でありながら、自分で監督もすれば、重機も運転するし、測量もする。なんでもやりました。やっぱり現場をやれないと誰も信用してくれないし、人もついてこない。自分はやらずに口だけ出すのはダメなんです。これは飲食業でもサービス業でも、ほとんどの仕事に通じることだと思います」

その後、仕事で付き合いのあったメーカーの社員寮を運営することになり、そこからビジネスホテルの経営に乗りだした。さらには後継者のいない温泉宿を購入し、事業を引き継ぐことに。これがのちに地上げによって移転し、癒やしと食の総合リゾート「アクアイグニス」として2012年に生まれ変わった。

この時に立花は、地方の温泉宿に平日も客を呼ぶためにはスイーツが起爆剤になると考える。そして、どうせお願いするなら世界一のパティシエにしたほうがドラマチックだろうと思い、それが誰なのか周囲に聞いて回った。皆の口から出てきた名前が、辻󠄀口氏だった。

「人づてに辻󠄀口さんを紹介してもらい、自由が丘にある彼の店『モンサンクレール』に足を運びました。ただし、多忙を極める方なので行ってもほぼ会えないし、会えても名刺だけ渡して終わり。そんなことが半年にわたって続きましたが、8回目でついに話を聞いてくれたんです」

突破口を開いた立花は、辻󠄀口氏を三重県菰野(こもの)町の現地に招く。そして、この場所で苺農園を併設したパティスリーを開きたいと熱弁を振るい、世界一のパティシエを口説き落とした。加えて辻󠄀口氏の紹介で「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフ、さらには「賛否両論」の料理人、笠原将弘氏をも巻きこみ、アクアイグニスを、年間110万人を集客するほどの成功に導いた。

サンセバスチャン市と提携!ヴィソンを食の聖地に

このアクアイグニスの人気に注目したのが、そこからクルマで1時間ほど離れた同県多気町の久保行央町長だ。江戸時代の本草学者、野呂元丈(げんじょう)の出身地であることから、薬草を軸にした町おこしをしたいと語る町長に立花は心を打たれ、ヴィソンのプロジェクトが幕を開けた。

「辻󠄀口氏とも相談し、お伊勢参りの行き帰りにも立ち寄れるように、高速道路から直接来られる場所はないんですか?と町長に聞いたら、今のヴィソンの場所を提案してくれました。その際に、町も一緒に開発に携わり、国と交渉して高速道路とつながるようにするからと言ってくれたので、プロジェクトをともに進めることになったんです」

ただし、立花はアクアイグニスと同様のことを同じ三重県内でするつもりはなかった。辻󠄀口氏とどうせやるなら圧倒的スケールの今までにないことをしようと話し、一緒に土地を購入して準備を進めた。そして考えたのが、ヴィソンを食の聖地にすること。美食の街として知られるスペインのサンセバスチャン市を地方再生のモデルと位置づけ、同市と多気町で「美食を通じた友好の証」を締結した。「三重は松阪牛や伊勢海老に代表されるように食が充実。そこで、サンセバスチャン市に無理を承知でお願いすると、20分だけ表敬訪問は受けるけど、姉妹都市といった協定は結ばない。なぜなら、サンセバスチャン市は世界中から、その依頼をされているからと。それでもよければ来てくださいと言われたんです。多気町長と辻󠄀口氏と3人で現地に飛びました。協定書を隠し持って。現場では市の担当者から絶対に姉妹都市の話はしないようにと釘を刺されていましたが、市長と30分ほど話していたら担当者が席を外したんです。その隙に食材の宝庫である三重の素晴らしさを精一杯話して、協定書へのサインを依頼。すると、市長が『これにサインしたら帰ってくれるんだな?』と言うので、すぐに帰りますと答えたら笑いながらサインをしてくれた。僕たちのプロジェクトに興味を持ってくれたんですね」

これを機に友好関係が築かれ、その後、市長は多気町を訪問。ヴィソンにはサンセバスチャン市で人気の3つのバルが日本で初めて出店することになった。

辻󠄀口氏との出会いもそうだが、こんな調子で少しでも可能性があれば、そこから道をこじ開けることを立花は得意とする。ヴィソンの全68店舗も、通常は他に出店しないところばかり。7年かけて自ら口説いてきた。

「困難があっても僕は全然こたえないんです。ピンチを乗り越えるのが大得意だし、そうなる前になんとかしているつもりです。とにかくたくさん動いて多くの人に会う。他人が1回しか行かないところを何回も行く。するとさらに人と出会え、みんなに助けてもらえるんです」

自分は大学を出ていないし、大きな会社に所属したこともないと話す立花が、その分、大切にしてきたのは、嘘をつかず、誠実に一生懸命やることだ。

「ヴィソンをやって自慢なのが、建物を自然素材でつくるとか、ナショナルチェーンを入れない、コンビニを入れない、施設内に自販機を置かないなど、自分たちで決めたことをブレずにやり通したことです。だからこそ68店舗の素晴らしい方々にご賛同いただけたんだと思います。伝えていたルールやこだわり、想いを曲げずに、譲らずに、絶対に裏切らないようにやれたのがよかったと思います。1店舗でも例外を許したらダメなんです」

2017年、サンセバスチャン市長を表敬訪問した際、「美食を通じた友好の証」を取りだし、サインをもらうことに成功。現地の人気バルが日本初出店することにつながった。

100年スパンでの運営を視野に

ヴィソンは立花らが自分たちで購入した土地に築いているため、建物を長期的な視野に立ってつくることができる。「SDGsを大切に考え、地場産業である林業の継続を支援するため、施設内の建物の多くに木材を使っています。伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)に倣(なら)い、20年ごとに建物を立て直すことはできなくても、定期的に木を張り替えるなどして修繕しながら、50年や100年のスパンでこの施設を運営していく予定です」

ヴィソンに関わるのは、企業だけではない。多気町をはじめ、周辺の自治体である大台町、明和町、度会(わたらい)町、大紀(たいき)町、紀北町とも連携。この施設を通して、内閣府が掲げる地域課題を解決するためのスーパーシティ特区構想の実現を目指している。これは、“まるごと未来都市”の実現を、地域と事業者と国が一体となって目指す取り組みだ。

「将来的には施設内での自動運転、自律式ドローンの活用、遠隔医療クリニック、キャッシュレス・地域通貨への取り組みなどを予定しています。それらをひとつのIDで管理するんです」

ここでの実践で得られたノウハウは6町と共有。地域の活性化や未来社会の実現を目指す。

「我々は、たとえ特区に指定されずに補助金をもらえなかったとしても、今やろうとしていることは民間だけですべてやろうと決めています。6町も含めて、同じ志を持った人たちが集まっているのは強みです」

日本が世界に誇るテクノロジーと食の伝統文化を使って、地域をよくしたいと立花は話す。

「新しいことばかりやって、古いものをなくしてはいけませんから。古くても大事で残さなきゃいけないモノやコトを、新しいテクノロジーで継続、実現させ、再構築していく。それをヴィソンで実現したいんです」

また、ヴィソンをほかの地域のお手本となるプラットフォームにしたいとも考えている。

「食をテーマにすれば、同じプラットフォームでありながら、地域ごとに色が変えられます。例えば、三重県と関西では、醤油も酒も違うし、メーカーも活躍している企業も違う。とれる魚も野菜も肉も違う。だからこそ面白い横展開ができるし、こうした魅力を発信することで、地方が元気になります。これによって、人口や文化の都市部への一極集中から、地方への分散型に変化させたいのです」

いまや全国に複数のプロジェクトを抱えて東奔西走する立花は、週末も忙しく、プライベートの時間がほとんどない。唯一大切にしているのが、ともに暮らす6匹の保護猫との時間だ。

そんな立花の想いを反映するかのように、2022年にはヴィソン内に大型のペット施設がオープンする。

「ティアハイムと呼ばれるドイツの保護施設を参考に、保護した犬や猫のパートナーが見つかるような場所になる予定です」

曲げずに、ブレずに、正直に。多くの人を仲間に巻きこみながら、日本最大級の商業施設ヴィソンを実現させた立花。時に破天荒ともいえる交渉術を繰りだしながら、これからも地方創生のために全国を走り続ける。

飼っている6匹の猫が癒やし

多忙な立花が癒やされるのは、自宅で飼っている6匹の保護猫との時間だ。「命を大事にしようとうちで引き取りました。よいことをしないと天国に行けないですからね(笑) 」

※ゲーテ2021年8月号の記事を掲載しております。掲載内容は誌面発行当時のものとなります。