幾多の試練を乗り越えながら、メジャーリーガーとしてのキャリアを歩む大谷翔平。2年総額850万ドル(約8億9300万円)でエンゼルスと契約合意したことを受け、日本ハム時代から"大谷番"として現場で取材するスポーツニッポン柳原直之記者がコラムを寄せてくれた。
至上命題だった調停回避
2021年2月9日午後。スポニチの紙面レイアウト担当が筆者に相談にやって来た。「大谷選手にお金のイメージがないから、どう扱えばいいか分からない。どうしようか……」。同日、エンゼルスが年俸調停を回避し、大谷と2年総額850万ドル(約8億9300万円)で契約合意したと発表した。ペリー・ミナシアンGMや大谷の代理人を務めるネズ・バレロ氏がオンライン会見を開いたが、捉え方や扱い方が難しいニュースだった。
今回、メジャー3年目を終え、年俸調停の権利を初めて取得した大谷側が今季年俸330万ドル(約3億5000万円)を主張したのに対し、球団提示は250万ドル(約2億6000万円)と開きがあった。ただ、そもそも市場価値2億ドル(約210億円)以上とも言われた大型契約を待たず、早々に大リーグに挑戦した経緯があるだけに、今回の契約は、スケールの大きな話とはいえない。大谷は将来的にスター選手と肩を並べるほどの大型契約を結べるポテンシャルを持った選手だ。お金より夢を優先して海を渡った二刀流。冒頭の「どう扱えばいいか分からない……」はもっともな意見だろう。
なぜこの契約に至ったのか。まず第一に、球団側も大谷側も年俸調停を是が非でも回避したかったことは間違いない。米球界では度々、「File And Trial(希望額を提出し、調停に進む)」という言葉がよく使われ、希望額提出時点で折り合わなければ、そのまま球団は調停を望むケースが多い。調停では双方いずれかの希望額を選択することになるからだ。年俸調停の公聴会ではそれぞれが主張を通すため、選手の人格否定とも取れる主張もしばしば行われる。希少な二刀流の是非論さえ巻き起こる可能性もあった。ネズ・バレロ氏が「公聴会はネガティブな雰囲気。不必要なことで避けたかった」と語るように、キャンプ中に身体的にも肉体的も負担を強いられる可能性があった。球団も同様の意見で、双方にとって、調停回避は至上命題だったといえる。
最初の6年間の年俸が安いのが当たり前
続いて、2年総額850万ドル(約8億9000万円)という金額が妥当かどうかだ。ロサンゼルス・タイムズ紙のディラン・ヘルナンデス記者に話を聞くと、はっきりとした答えが返ってきた。「大リーグの選手はデビューして最初の6年間の年俸が安い。3年目のオフに年俸調停権を得ても少ししか昇給しない。だから米国ではほとんどニュースにもならないし、誰も何とも思わない」。大谷は1年目は規定によりメジャー最低年俸の54万5000ドル(約5700万円)で2、3年目は微増で契約。そして、今回の2年契約だ。他の選手では、例えば大谷と同じ26歳のドジャースの先発右腕ウォーカー・ビューラーは同じように年俸調停を回避して2年総額800万ドル(約8億4000万円)で契約合意した。'20年は1勝止まりだったが、'19年に14勝を挙げ、次代のサイ・ヤング賞候補に挙がるほどの逸材でも大谷より安価な契約だ。
一方、メジャーでは救援でも先発でも中堅以上の選手であれば単年1000万ドル(約10億5000万円)以上の選手はザラにいる。球団が保有権を持つ6年間を過ぎれば選手はFAとなり、大きな契約を結ぶ。それが今のメジャーの通例となっている。
今回はエ軍にとって単年契約の場合、今季の大谷の活躍次第で、来季契約が大幅出費につながる可能性があった。FA前年の'22年までの2年契約。一般的にFA前年は将来を見据えて長期契約を結ぶか、無償放出を避けるためにトレード候補となるケースが多い。3年以上の契約は、大谷側にとっては安売りになる。エ軍も二刀流での故障リスクを抱える。リスクと将来性の妥協点。ミナシアンGMが「2年契約は大いに納得がいく」と話したように、それが今回の落としどころだった。'22年オフに大谷が大型契約を結べるかどうか。2月17日(日本時間18日)から始まったバッテリー組キャンプで二刀流復活を目指し順調な調整をアピールしている。二刀流をその先続けられるかどうかを含め、真価が問われる2年間となりそうだ。