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2020.10.10

阿部勇樹が試合に出られなかったレスター時代、支え合った3人の存在

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~23】。レスター編3回目。

阿部勇樹

試合に出れなかったあのときの気持ちを、僕は反芻する

2010年のワールドカップが終わったあと、自分が体感した「世界との違い」をはじめとした感触をもっともっと突き詰めたいと思った。ならば、浦和を出て、ヨーロッパへ行くべきだと考えていたときに、レスターからオファーが届いた。イングランド2部リーグ。いったいそこがどんなリーグなのか、情報もほとんどない。それでも迷わず、移籍を決めた。カテゴリーにこだわりはなかった。2部から1部を目指していくチャレンジに魅力を感じたし、当時監督を務めていたパウロ・ソウザのことは、ボランチとしてユヴェントスで活躍しているのをずっと見ていた憧れの選手のひとり。どういう指揮を執るのか興味があった。

しかし、僕がレスターに加入して数週間で解任されてしまった。本当に短かった。

新監督に就任したのが、イングランド代表監督も務めたゴラン・エリクソンだった。

イングランド以外にもメキシコやコートジボワールで代表を指揮し、セリエAで優勝したラツィオのほか、マンチェスターシティやASローマ、ベンフィカなど欧州のビッグクラブでの経験も持つエリクソンは、選手の扱いに長けた監督だった。たとえば、僕と話すときは、ゆっくりと丁寧な英語で話してくれた。そういう気配りのできる人だという印象だ。Jリーグ時代もほとんどが欧州出身の監督のもとでプレーしてきたけれど、エリクソンは誰にも似ていない。選手には高い要求をし続けるけれど、同時にチームでできることを見極めたうえで、決断を下しているように感じた。

ボランチで起用されることも多かったけれど、退場者が出た試合では、右サイドバックや右MF、そして1ボランチと、いろいろなポジションでプレーした。浦和時代にも複数のポジションで仕事をしてきたけれど、リーグが変わり、指揮官が代われば、求められるものも違った。いかにそういう要求に応えられるか? 試合出場のチャンスを掴むための鍵はそこにある。

新しい場所で新しい仕事をまっとうし、認めさせていく。

それは、日本でもイングランドでも同じことだ。そういう挑戦をしたくて移籍という道を僕は選んだ。

チャンスはどこに落ちているかわからない。

2011年秋に監督がナイジェル・ピアソンに代わった直後、僕は試合に出られなかった。ベンチに入れない試合もあった。けれど、ある試合で出場機会が巡ってきた。

「勇樹、悪くなかったよ」

ピアソンはそう言い、その後、試合に出られるようになった。1試合で状況は好転したのだ。

「やっぱり、舐められているんだな」

加入当初、チームメイトからの視線にそんなふうに思った。でも、これは当然のことだろう。そんな簡単に受け入れられるわけはない。浦和へ移籍したときだって、「簡単には受け入れてもらえないだろう」という覚悟はあった。イングランド、ヨーロッパでなにひとつ実績のない僕を試すような眼で見るのは当たり前のことだから、「舐められている」と感じても、それを気にすることもなかった。誰もがチャンスを伺っている。チームメイトのギラギラした競争心や闘争心、野心が、僕が今、どこにいるのかを教えてくれた。

突然チャンスが来るように、突然、試合に出られなくなることもある。

なぜ、出られないのかと悩むだけでなく、僕は居残り練習を始めた。

全体練習が終わったあと、スプリント系のトレーニングを行っていると、別の選手がいっしょに練習するようになった。ヨーロッパの選手たちは、チーム練習後に個人でトレーニングする選手は少ない。監督がそれを嫌う場合もあるから、複数の選手が居残り練習をするのは、珍しいことかもしれない。

「試合に出るために、必要だと感じたからトレーニングする」

僕と同じ感覚を持った、そういう意識のある選手たちの存在は、本当に心強かった。彼らと悔しさを共有できることで、自主練習が楽しかった。彼らがどう感じているかはわからない。でも僕は、彼ら3人の存在に救われた。自分が間違っていないことを確認できる同志だったから。

コートジボワール代表のスレイマン・バンバはカーディフ・シティFC(イングランド・チャンピオンシップ)、スイス代表のジェルソン・フェルナンデスはフランクフルト(ドイツ・ブンデスリーガ)で今もプレーしている。ガーナ代表のジョン・ペイントシルはすでに引退したと聞いた。

アジア系の選手は僕ひとりだったけれど、孤独を感じることもなかった。

トレーニング以外にも、食事へ行ったりもしたし、クラブへ遊びに行ったこともある。アウェイでの試合後、誰かの運転する車でレスターまで、高速ドライブしたときのことは、今でも思い出して笑ってしまう。

交わした言葉は少ないし、真剣にサッカーや人生について話した記憶もほとんどない。だけど、あのときの熱量が今の僕を支えてくれる。

やるべきことをやるだけ。

あのときの気持ちを、1試合も出場できない2020年シーズン、僕は反芻する。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=URAWA REDS

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