新型コロナウイルスの蔓延で休止しているエンタテインメント。やがて再開するときに、どんな音楽が求められるのか。 日本のポップスシーンで椎名林檎、いきものがかり、MISIA、JUJU、アンジェラ・アキなど数多くのアーティストのサウンドプロデュースに携わってきた亀田誠治が思うGood Musicとは――。今回は亀田が魅力を感じる女性ボーカリストについて聞いた。
ビフォア・ドリカムとアフター・ドリカム
亀田が最初に魅力を感じたのは、カレン・カーペンターとオリビア・ニュートン=ジョンだという。
「カレンを初めて聴いたのは小学生のころだったと思います。家族全員でNHKで放映されていたアメリカの教育番組『セサミストリート』を見ていて、そこでカーペンターズが『トップ・オブ・ザ・ワールド』を歌っていたんです。あの、僕が大好きなビートルズの『ハロー・グッドバイ』にも共通するキラキラした雰囲気、明るく楽しいメロディに魅力を感じました。カレンのアルトヴォイスは完全無欠のように感じて、でも、ちょっと枯れるでしょ。そこがとても素敵です。1970年代前半のアメリカは、ベトナム戦争の後遺症で苦しんでいた時代。そんなときに兄妹で多くの人に勇気を与え続けた。すごく価値のある歌唱だったと思います。オリビアは小学生時代に、まずルックスに魅かれました。なんてきれいなんだろう、と。結婚したい! と思っていたほどです(笑)。でね、歌もうまかった。1970年代は『そよ風の誘惑』や『ジョリーン』などカントリー路線でヒットして、1980年代はAOR系の『ザナドゥ』やディスコサウンドの『フィジカル』も大ヒットさせていますよね。40年前のテイラー・スウィフトだと僕は思っています」
日本では、DREAMS COMES TRUEの吉田美和の登場がエポックメイキングになっているという。
「日本のポップシーンの女性ボーカルは“ビフォア・ドリカム”と“アフター・ドリカム”で大きく違うと感じています。吉田美和さんの登場は一つの革命でした。彼女以前もソウルフルなボーカリストはいました。でも、おそらく多くは、アメリカのソウルシンガーやR&Bシンガーを意識していたと思います。一方、 美和さんは、自然体です。アメリカのソウルをそれほど意識せずに、ありのままポップスを歌っているけれど、ソウルに響く。狙っていない。もちろん中村正人さんの見事なプロデュースがあったからこそでしょう。美和さんの登場によって、多くの女性シンガーの扉が開かれたと思います」
「声域の広さや音程の正しさも大切かもしれませんが、その人だけが持つ声を聴きたい。僕はプロになる前の大学生のころ大貫妙子さんが大好きで、これも結婚したいと思っていたほどです(笑)。アイドルのオッカケのように各会場のライヴを観に行きました。大貫さんの木綿のようなさらっとした、まっすぐな、澄み切った声が聴きたくて。声量があるわけではなく、でも言葉が届いてくる。『ROMANTIQUE』『AVENTURE』『Cliché』のヨーロッパ三部作や『アフリカ動物パズル』は何度も聴きました。ライヴではマイクの前にすっと立って歌う。MCもほとんどありません。いろんなアーティストがいていいんだ、大切なのはオリジナルであることだ、ということを大貫さんで知りました」
今の20代ではGLIM SPANKYの松尾レミに魅力を感じている。
「和製ジャニス・ジョプリンと形容する人もいますけれど、レミちゃんのあの割れた声は、彼女オリジナルですよ。デビュー前、僕のウェブサイトにデモテープを送ってくれたことがありましてね、誰に意見されても自分のスタイルを変えちゃだめだ、と伝えました。彼女は、カッコいいロックをやりたい! と明言していますよね。自分のやりたい音楽をはっきりと言いきれるシンガーを僕はリスペクトする。覚悟を感じます。僕にとっては、大貫妙子さん、吉田美和さん、松尾レミさんは、タイプは違うけれど、自分だけの声を持っているという意味では特別で、同列です」
Seiji Kameda
1964年生まれ。音楽プロデューサー・ベーシスト。これまでに数多くのミュージシャンのプロデュース、アレンジを手がける。2004年に椎名林檎らと東京事変を結成し、ベーシストとして参加("12年に解散、’20年に再生を発表)。"09年、自身初の主催イベント“亀の恩返し”を日本武道館にて開催。’07年の第49回、’15年の第57回日本レコード大賞にて編曲賞を受賞。近年はJ-POP の魅力を解説する音楽教養番組『亀田音楽専門学校(Eテレ)』シリーズが人気を集めた。’19年5月、自身が実行委員長を務めるフリーイベント「日比谷音楽祭」が開催され、2日間で10万人を動員。