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2020.02.03

騎手がこだわる馬具は「オーダーメイドの世界」【武豊アブミプロジェクト2】

ジョッキーにとって「アブミ」は極めて重要な仕事道具。しかし、武豊曰く「30年前から何も変わってないし、俺もそんなに気にしたことなかった……」。それが昨秋、 ゴルフクラブブランド「MUQU(ムク)」のアンバサダーとして名古屋の工場を訪れた際に、ふと閃いた! 「そんなに気にしたことはなかったとはいえ、どこかで気にはなっていた。何とかならないかな?」と。第1回ではそのきっかけを追ったが、今回はいよいよアブミ作りに着手する。【レジェンドジョッキーが言った「俺に合ったアブミを作りたい」#1】

(左)ジョッキーブーツは想像以上に薄い素材で、軽量化のためインソール にクッションは無い。(右)ゴルフグリップを装着した特注のムチとグローブを手に「ゴルフとアイテムは似てますよね」と武豊。

(左)ジョッキーブーツは想像以上に薄い素材で、軽量化のためインソール にクッションは無い。(右)ゴルフグリップを装着した特注のムチとグローブを手に「ゴルフとアイテムは似てますよね」と武豊。

「気になる箇所は2つある」

武豊は、アンバサダー契約をする「MUQU」アイアンの製造メーカーを訪ねたことで、「自分に合ったアブミを作りたい、作れるんじゃないか…」と閃き、騎手人生の集大成として町工場と一緒にアブミ作りに着手し始めた。

会議室でアブミに足を乗せ、踏み方(体重の乗せ方)を技術者に説明する武豊。

会議室でアブミに足を乗せ、踏み方(体重の乗せ方)を技術者に説明する武豊。

武が訪れた場所は、愛知県清須市にある株式会社MS製作所の会議室。事前に本人から提供されたアブミを3Dスキャンし、そのデータを元にオリジナルアブミをどうやって作っていくのか、という会議である。

武豊は何に? どこにこだわっているのか?

武豊:「気になる箇所は2ヵ所あるんですが、1つはこのアーチの部分」

この日のために、京都の自宅から持参したブーツを手に、自身でアブミに乗せて、技術者たちに身振り手振りで説明する。

武豊:「親指の付け根っていうのかな…。ちょうど馬と足とが擦れる部分なんですが、この部分が痛い、気になるんです」

靴下をおもむろに脱いだ武豊。足の親指の付け根の外側に、硬くタコのようにマメができていた。まさに、ゴルファーが手の平にマメをつくり、硬く盛り上がっているそれだった。

武豊:「プロゴルファーのマメもそうですが、ジョッキーも、みんなじゃないんですよ。僕の乗り方なのか、体質なのか、僕はもう何十年もココにアブミタコができますね」

技術者もプロ集団である、武豊が言葉でいう「アーチの部分」という意味が、何で違和感を覚えているのか、実際の騎乗姿勢など見て一気に理解が深まった。

武豊:「僕のイメージは、もっとアーチを丸くすれば良いのかな?と」

それに対して、技術者は「でも…そうすると、馬に当たるカーブがきつくなりませんかね?」と言った。

武豊は黙って聞いている。

技術者:「例えば、アーチの円形(円柱)がありますよね、その足に接している箇所を、削り方を変えて面にしたり、角をミリ単位で微調整しながら…」

具体的な詳細は、企業秘密ゆえに記載できないが、時間にして1、2時間ほど、武豊が作業服を着た匠の職人と打ち合わせしているのは興味深かった。

その日も、朝6時から栗東トレセンで調教し、昼過ぎに京都の自宅に戻り、着替えて新幹線で名古屋に入り、夕方から打ち合わせ。精力的という言葉をよく聞くが、普段の武豊の行動力そのままに、時間に対して価値を見出し、自分から行動することにストレスを感じていない。

彼ほど大物になると、そこに自分がいれば、周りのみんなが行動してくれるかもしれないが、自分の「欲」に対して所作が貪欲である。

武豊:「自分が行った方が良いなら絶対行った方が良いし、立場とか、そんなの考えたこともないし。だってその方が効率的だし、ベストな選択だと思うけどな…」

人類に共通して与えられている「時間」、それは「無限」ではなく「有限」であり、お金で唯一買えない資源こそが、時間なのである。

「ジョッキーが唯一こだわれる部分」

打ち合わせ途中、技術者の1人が言った。

技術者:「(騎手の)ブーツって、こんなにペラペラなんですね…、もっと硬いとうか、革のブーツかと思ってました」

オーダーメイドで作られるジョッキーブーツは、自身の足形から成型し、素材、ソール形状、重さに至るまで完全オーダーメイドである。その重さは400グラム前後。

武豊:「ジョッキーは重量制限がありますから、ブーツもそうですし、鞍もそうですし、アブミもそうですよね。僕は比較的マシ(体重コントール)な方ですが、騎手によっては何十グラムで鬩ぎ合っているジョッキーもいますし、今回のアブミでも、人によって機能性より重さ重視の人もいますし…」

親指付け根が痛い、という理由も何となくだが分かってきた。想像以上に薄い素材を隔てて、アブミの金属に接して、その金属が馬にも触れて、騎乗中の重心移動に応じて前後に動かす。電話口では分からないことだらけだった。互いの時間を有効に活用できた。

では、武豊とって、馬具とは?

武豊:「まぁ、例えばムチ1本持ってれば、世界中どこでも騎乗できるし(実際は鞍など必要だが心持ちの部分)、自分たちジョッキーが唯一こだわれる部分でもあるし、馬との接点だから、とても重要(な道具)ですよね」

レース中の勝負服は、騎乗馬主に合わせてJRAが用意する。ゼッケン(馬にかけられている番号の布)もそうである。また、馬に帰属する道具として、頭絡(トウラク・馬の頭部に取り付ける一式)関係やハミ(口に挟む金属)などがある。

騎手に帰属する道具は限られている。だからこそ、こだわりや自分にあった機能性も追求したい。

全部で30鞍ほど所有している、その中の一つ。全てオーダーメイドで一つ一つ重さなどが違うそうだ。

全部で30鞍ほど所有している、その中の一つ。全てオーダーメイドで一つ一つ重さなどが違うそうだ。

武豊が愛用している4種類のアブミ。

武豊が愛用している4種類のアブミ。

打ち合わせも佳境に入った頃だった。

ふと、同行していた筆者が聞いた。

小林:「武さん、今回のアブミって何個ぐらい必要なんですか?」

武豊:「全部に欲しいね!」

小林:「全部って…?」

武豊:「俺は少し多い方だけど、ジョッキーって20鞍とか持ってて、俺は30鞍ぐらいあって、鞍ごとに付け替えるモノじゃないから」

知らない事だらけだった。言われてみればそうだが、そんなに数を所有しているものだとも知らなかった。レースとレースの合間は30分、騎乗馬ごとに斤量(キンリョウ・レース毎の負担重量)も違えば、鞍も変える。そのたびにアブミを付け替えている時間などない。

MS製作所の会議室、その空気が変わった。

武豊が帰郷についたあと、MS製作所の技術者と迫田副社長と筆者の緊急ミーティング。

小林:「知ってました?そんなに数があるの」

迫田:「初めて知りました」

技術者:「1つだけ、究極のモノを作る覚悟でしたが、今考えている製法だと、30個を作り終えるのは何ヵ月も先になりますし、コストの問題も…」

MUQUアイアンの精度と削り出しの美しさに惚れて、その閃きから、武のアブミプロジェクトは始まった。しかし、本来のMUQUの製法は、約10kg鉄の塊から、約24時間かけて、やっと1つ削り出すのが限界。製造コストは、1個作るのに実に何十万円もかかってしまう。

武豊と約束した次のミーティング日時は、12月1日中京競馬場で開催されるG1レース「チャンピオンズカップ」。急きょ、実際にレースが行われる会場にて、試作品を持ち込んでテストを行うことになったのだった。

間に合うのか?

そもそも製法はどうするのか?

【G1レース当日控室で武豊が試したプロトタイプ1号の評価は? #3】に続く

Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。以来18度の年間最多勝、地方海外含め100勝以上のG1制覇、通算4000勝達成など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年も、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。 父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。

Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『アルバ』の編集記者になり『Golf Today』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。

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