「野音」の名で親しまれ、数々の伝説的ステージが繰り広げられてきた日比谷公園大音楽堂。公園内には日比谷公会堂や日比谷公園小音楽堂などの施設もあり、日比谷公園は日本の音楽の聖地としてその名を轟かせてきた。今年6月、そんな日比谷公園を舞台に新たな音楽祭「日比谷音楽祭」が誕生する。本音楽祭の開催を呼びかけ、実行委員会の委員長を務める音楽プロデューサー亀田誠治氏に話を聞いた。
"競合排除なし"でスポンサー集め
日比谷音楽祭を無料にするにはどうしたらいいのか? ヒントはニューヨークにありました。僕が「音楽祭を実現したい」と思うきっかけになったニューヨークの「サマーステージ」は完全無料です。でも、世界のトップアーティストが続々と出演しています。
会場に設置されたパネルには、協賛企業の社名がずらりと書かれているのですが、飲料メーカーやビール会社など、それぞれの競合企業が並んでいることにも驚かされます。酒類メーカーと自動車メーカーが協賛していたり、メディアパートナーにもいくつものラジオ局が名をつらねています。アメリカには「文化を育てるためだったら、競合他社とか関係なく、お金を出すよ」という精神がある。でも、日本では難しいんです。
ひとつのイベントに競合企業が並んでが協賛するということはほぼあり得ないし、酒類メーカーがスポンサーになると自動車メーカーの広告は入れられません。でも、それでは音楽祭という文化は育てられない。それ以前に、競合排除という姿勢は「ボーダーレスな音楽祭」という理念にフィットしません。
協賛をお願いするにあたり、ひとつのルールを設けました。それは「競合排除なし」です。「まずは音楽祭の理念に賛同してもらいたい。賛同してくれるなら、みんなのお金で音楽文化を育てていきましょう」と呼びかけました。
企業への説明には、僕自身が出向きました。代理店に任せるのではなく、手製のセールスシートを作り、僕の言葉で音楽祭の理念を1年がかりでコツコツと伝えたんです。たいへんな仕事でしたが、なんかフレッシュな気持ちになりましたね。僕は大学を出て、就活をしないでミュージシャンになりました。だからスーツを着た経験はほとんどない。そんな人間が、50歳を過ぎてからスーツを着て企業を回る。周囲から「どうしたの? 今日は結婚式?」などとからかわれました(笑)。
「競合排除なし」の協賛金集めは、当初、思うように進みませんでした。でも、徐々に賛同者が現れてきてくれましたね。まずは新しい企業、とくにIT関連の若い社長が心を開いてくれた。協賛金の出資のほか、「きっとあの社長も音楽好きだから、協賛してくれると思う」と貴重な情報をくれる。こうしてゆっくりと協賛の輪が広がっていきました。
音楽業界も既存の枠を越えた
最終的には、音楽業界も全力でバックアップしてくれることになりました。音楽業界には、日本レコード協会、日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会という、将棋でいえば“王、飛車、角”のような大きな団体があります。この3つの団体がそろって協賛してくれました。これは、いままで例のないことです。
一般企業からも賛同を得られました。CD販売でもタワーレコードと山野楽器がそろいましたし、無料鑑賞券の抽選・配布システムは、ぴあ、ローチケ、イープラスの3社が協賛金を出しながら、協力して抽選の仕組みをつくってくれています。ここでも「強豪排除」というボーダーを越えることができました。
さらに日比谷音楽祭では、クラウドファンディングでの支援も受け付けています。「協賛したい」という気持ちがあれば、企業でなくても、個人でもお金を出すことができる。ニューヨークのサマーステージでも、個人による寄付が大きい。日本でも、同じようなことをやってみたいと思いました。一人でも多くの人が参加できるよう、今回のクラウドファンディングは1口3000円という少額から複数のコースを用意しました。一方では寄付で音楽文化を応援したいという篤志家(とくしか)による100万円のコースも売れています。
音楽祭の理念にアーティストが共感した
出演するアーティストも協力的です。申し訳ないくらいギャラは安いし、他のフェスではメリットになっている新曲のためのプロモーション参加はお断りするという条件を設けましたが、それでも「出たい」と申し出てくれるアーティストが多かった。最終的に思い描いていた以上のラインアップになりましたね。今回、出演がかなわなかったアーティストも日比谷音楽祭の開催には好意的です。
実は、ドリカムに出てもらいたくて、中村正人さんに直接声をかけたのですが、ドリカムの30周年と時期が重なってしまい、出演はかなわなかったんです。でも、中村さんは「今回は出られないが、日比谷音楽祭を応援したい」と言って協賛金を出してくれた。自分は出られないのに、ほかのアーティストが出演するイベントに協賛金を出すなど、普通ではあり得ないこと。「こんなことが起きるんだ」と感動しましたね。
音楽業界、いや、音楽に限らずさまざまな業界が、今の日本では「狭い部屋の椅子取りゲームになっている」と感じます。そのため、業界で働く人は疲弊し、業界自体がシュリンクしています。日本を元気にするためには、そこを乗り越えて、広い場所へ出ていかないといけません。何かを排除するのではなく、あるもの全部をつないでいく。それが、日本の課題だと思います。
日比谷音楽祭では、僕もステージに立ちます。ミュージシャンにとって、日比谷の「野音」は日本武道館と並ぶ聖地。武道館は天井から音楽が降ってくるイメージ。野音は僕らの奏でた音楽が空に向かって飛んでいくイメージです。音楽の神様に感謝しながら、集まってくれた参加者に音楽が持つ力を伝えられるよう、最高のステージにしたいですね。
日比谷音楽祭
日時:6月1日(土)、2日(日)10:30~20:30
開催場所:日比谷公園(東京都千代田区)
料金:無料 ※日比谷公園大音楽堂(野音)でのスペシャルコラボレーションコンサートは、観覧チケット(無料・抽選)が必要になります
参加アーティスト:The Music Park Orchestra with 石川さゆり、KREVA、coba、The Third Herd Orchestra(同志社大学)、THE SOULMATICS with TSM GOSPEL ENSEMBLE、JUJU、SKY-HI、堂珍嘉邦、ナオト・インティライミ、新妻聖子、布袋寅泰、ミッキー吉野&タケカワユキヒデ fromゴダイゴ、山本彩、よよか、梁邦彦、Rei(50音順)/大島花子、オオヤユウスケ、岡部磨知、小倉博和、GAKU-MC、金子飛鳥×林正樹、北野里沙、警視庁音楽隊、琴音、四家卯大、Smooth Ace、洗足学園音楽大学フレッシュマン・ウインド・オーケストラ & TRUE(from 響け!ユーフォニアム)、DJみそしるとMCごはん、DEPAPEPE、東京消防庁音楽隊、⻑須与佳/清野樹盟/清野さおり/佐久間杜和/樋口千清代、平井秀明、南里沙、RIO(50音順)
https://hibiyamusicfes.jp/
Seiji Kameda
1964 年生まれ。音楽プロデューサー・ベーシスト。これまでに椎名林檎、平井堅、スピッツ、GLAY、いきものがかり、JUJU、エレファントカシマシ、大原櫻子、GLIM SPANKY、 山本彩、石川さゆり、東京スカパラダイスオーケストラ、MISIA など、数多くのプロデュース、アレンジを手がける。2004 年に椎名林檎らと東京事変を結成し、2012 年に解散。’07 年の第49回、’15年の第57回日本レコード大賞にて編曲賞を受賞。近年はJ-POP の魅力を解説する音楽教養番組『亀田音楽専門学校(Eテレ)』シリーズが人気を集めた。