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2019.04.30

地球のブラックホール「ブレグジット」〜Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第10回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクールから、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヵ語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

イギリスの上空に渦巻く、EU離脱という名のブラックホール

平成がカーテンコールを迎え、令和と言う新しい時代が始まろうとする今、1万km離れた島国、自分にとってもう一つの母国も新しい時代を迎えようとしている。ただ祝福や喜び、募る期待感など一切ない。あるのは混乱と不信感が巻く暗黒の渦。迷走が止まらない、”ブレグジット”(※1)に酔う、”紳士の国”、イギリスだ。

時を戻そう。2016年6月23日にEU離脱の是非を問う国民投票が行われた。

キャメロン首相にとっては長年約束した国民投票を通し政治基盤の強化を狙う重要な政策だったが、ほとんどのイギリス国民は数日後に行われるサッカー欧州選手権の決勝トーナメントの試合を楽しみにしていた (ブレグジットの影響か、アイスランドに歴史的敗北)。ロンドンで夏休みを満喫していた自分もこの事件を全く予想せず、早寝していた。朝4時ごろにスマホが狂おしく鳴き叫び、私は不機嫌に通話ボタンを押した。電話の向こう側からNHKのプロデューサーの慌ただしい声が聞こえてきた。

「離脱だよ! 今、街はどうなってるのか、教えてくれ!」

一瞬思考回路が止まった。脳に溢れる数百兆個のシナプスが一斉にストライキを起こした。そんな馬鹿な……ICレコーダーとスマホを手に取り、街へと繰り出した。

投票日、ロンドンの朝。

ロンドンの夜明けはいつも通りの静寂に包まれていた。ただ遠い所から不協和音の歌声が聞こえてくる。耳をすませると、それはイギリス国歌だった。まだ脳細胞が動いてない僕はアイスランド戦の日程を間違えたのかと疑った。足を早めて歌声に近づいた時、やっと現実を理解できた。

閉店したパブから、蹌踉とした足取りでユニオンジャックに包まれた男達が叫びながら出てきた。”We have won independence!! Take back control! Take back control!” (我々は独立を勝ち取った!! 権力を取り戻そう!)

口が吹き出すタバコの煙に乗るギネスの香り。

実に皮肉だ。ギネスがどこで作られてるのか彼らは知っているのだろうか?(※2)

国歌を永遠のループで歌いながら帰宅する彼らの後ろ姿は、暗い山の底に吸われていくようだった。

この時思った。

長い、誰も得しない悪循環が始まったと。

では現状を見てみよう。メイ首相とEUがまとめた離脱の協定案はイギリス議会で三度も否決され、時間もなくなり、結局離脱は2回も延期された。EUもこの延期を認め、新たな期限を10月31日に設定した。協定案をイギリス議会が受け入れない限り離脱は始まらない。”氷の女王”は最大野党の労働党代表の力も借りようと助けを求めようとしたが、交渉は難航。グレーな状況は続き、保守党も分裂。メイ首相も数ヵ月内に職を失うことが予想されている。

事実上のカオスである。

では国民はどう思っているのか? 3月末には2度目の国民投票の実施を訴える100万人のデモがロンドン市内で行われた。参加者の数が事実であればイラク戦争に反対した大行進と同じ規模である。労働党のワトソン副党首、スコットランドのスタージョン首相、ロンドンのサディク・カーン市長が行進の先頭を飾り、事の深刻さを裏付けた。

しかし2回目の国民投票が奇跡的に認められた場合、必ずしも残留派が勝利することは断定できない。

大まかに区分すると、ロンドンなどの大都市には残留派、地方は離脱派。グローバリズムに置いていかれた地方在住者の不満によりEU離脱は起きたというのが一般的な解釈だ。しかし実際は、このような単純な対立構想ではない。労働者の力もあれば、実は、離脱に投票した国民の59%はホワイトカラーという。今は懐かしい存在である大英帝国を想うナショナリズムなのか? そして国民投票後EU離脱の影響を彼らが悟った場合、結果は変わるのか? 英国がいかに混乱しているのか、浮き彫りになっている。そのカオスの中、悲劇が襲った。

北アイルランドで、若い女性が銃弾に命を奪われてしまったのだ。

ライラ・マッキーさん。29歳。

EU離脱の鍵を握る北アイルランドを彼女は記者として取材していた。1960年代からアイルランドの統一を目指すカトリック系と、北アイルランドはイギリスの一部と主張するプロテスタント系による紛争は3000人以上の犠牲者を出し、和平成立まで30年かかっていた。「合意なき離脱」がもし実施された場合、EUの一員であるアイルランドとそうでない北アイルランドの国境は自然と行き来が極めて困難になり、混乱を招く。ギネスだけでではない。人も簡単い入出国できなくなる。事はエスカレートし、彼女はデモを取材していた時に、銃弾に倒れてしまったのだ。

彼女が倒れた街は、1972年の “血の日曜日” 事件で14人の命が失われたデリーと言う街だった。犯人はアイルランドの統一を目指す共和派の反体制組織の一員だった。

悪夢がまたイギリス国民の頭をよぎる。ライラさんのお葬式にはメイ首相、そしてアイルランドの各党の代表も姿を見せた。悲劇を通して団結を狙うパフォーマンスであったが、どれほど国民に響いたかは不透明だ。この悲劇が更なる憎しみと涙に繋がらない事を願うしかない。

もし宇宙から地球と英国を今見て見たら、黒い影がイギリスの上で渦を巻いてるかもしれない。その黒い影は強力な重力により光さえも逃さず、確実に少しずつ大きくなっていく。やがて大西洋を越えアメリカへ、アジアへ、アフリカへ。

EU離脱という名のブラックホールはどこまで育つのだろうか。

(※1)ブレグジット=”Brexit” 。Britain(英国)とExit(出口)を合わせた造語。英国がEUから出て行く、すなわちEU離脱をすること。

(※2)「ギネス」はアイルランド生まれの黒ビール。

Manners Makyth Manについて
礼儀が紳士をつくる――僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、ウィンチェスター・カレッジの教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっているのだ。

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