今、スタートアップは調達ゲームのようになっている
「20歳の自分」と出会いたい。誰も思いつかない、誰もまだ気づいていないビジネスを手がけ、目立たないように隠れながら力を蓄えている人。やっていることは僕と違っても、20歳の自分みたいな人と出会いたい。でも、どうやって探したらいいのか、その出会い方がわからない。
スタートアップを集めて、1チーム3分程度でプレゼンをさせるコンテストのようなものは、盛んに行われている。きっと、そのなかに20歳の自分がいるんだと思う。いろいろな方法で、直接売りこみに来る人もいる。そのなかにもいるのかもしれない。でも、僕には、短い時間でその人のビジネスや人物を見極める能力はない。みんなプレゼンがうますぎて、誰が本物なのかわからなくなる。
アーティストとの出会いもそうだ。こちらから探しに行くとなぜか見つからない。でも、ある日突然、まったくの偶然で出会う。不思議なものだと思う。
僕が出会いたいのは、初期段階のスタートアップ。起業したばかり、あるいはこれから起業するというところのシード期に資金を投資して応援したい。もう事業も軌道に乗り、高いバリュエーションがついているようなベンチャーは少し違うのではないかと感じている。エイベックスでもベンチャーキャピタルに挑戦してみたけど、どうしても、既に多くの投資家が投資しているようなベンチャーに投資をすることになる。投資利益を期待するだけのことだったら、エイベックスにとってはあまり意味がないと思って、ベンチャーキャピタル事業はいったん仕切り直しにしてしまった。
僕が出会いたい20歳の自分は、きっと目立たないようにビジネスをしていると思う。既存勢力に見つからないように、隠れて虎視眈眈と力を蓄えて、ある時、一気に表に出てくる。僕たちがそうだった。
貸レコード店へ輸入CDの卸しをやりながら、隠れて音楽を作っていた。既存勢力は、まさか輸入CD業者が音楽を作っているなんて思ってもいない。これでいけるとなってから、一気に表に出たけど、それでも既存勢力は「あんな連中、すぐに消える」と思っていた。だから、僕たちは最初からずっと、自分たちがいいと思う音楽を作り続けることができた。もし、最初から大々的に音楽制作をやっていたら、潰されるか、吸収されるかしていたと思う。
今、スタートアップは初期の頃から「◯◯億円の資金を調達」ということがニュースになって、まるで調達ゲームのようになっている。資金を調達するということは株を渡す、経営権を渡すということ。だからすぐ、誰の会社なのかわからなくなってしまう。
僕たちが輸入CDの卸しをやっている時に、一番困ったのが運転資金だった。納入先の全国の貸レコード店の支払いは、2ヵ月後、3ヵ月後が当たり前。あの頃は、手形ということもあった。ところが、僕たちは現金決済で仕入れているから、売り上げが上がれば上がるほどお金が足りないという事態になる。
そこに、ある大手企業がかなりの金額まで無担保で融資するという話を持ちかけてきた。話がうますぎる。そんな大金を借りて、返せなくなったところを見計らって、株をよこせ、一括で返済しろと言われるのではないか。僕たちは、どんなに融資枠があっても、絶対に枠の上限まで借りないように我慢をして、その間に利益を別の場所にプールし続けた。案の定、先方は株をよこせと言ってきた。僕たちは、貯めていた利益で一括返済をして、その企業との関係を絶った。もし、融資枠を目いっぱい使ってお金を借り、返済ができなかったら、株は相手に渡り、エイベックスはその会社の系列会社になっていただろう。そうしたら、僕たちが作りたい音楽も作れなくなっていたかもしれない。
僕たちの時代は自己資金でやるのが当たり前、今の時代は資金調達をするのが当たり前。だから、今のやり方を否定する気は毛頭ない。でも、お金はなくても、自分たちがやりたいことをやっている。そんな人を応援したくなる。
貸レコードビジネスを始めた時、ちょうどアナログレコードからCDに潮目が変わる時期にあたっていた。こういう転換期でないと、小さなスタートアップは切り込んでいくことができない。潮目が変わるということは、過去の蓄積は関係なくなるということ。大手もスタートアップも同じ条件で競うことができる。小さくても新しいアイデアを考え、新しい価値をつけることができれば成長できる。
今、潮目が大きく変わっているのはゲームとアニメ。エイベックスも、VRアニメ制作ツール「アニキャスト」を開発したエクシヴィと共同で、アニキャストラボを設立した。アニキャストは、アニメ界にパラダイムシフトを起こす可能性を持っているツールだと思う。その研究開発、実験的なアニメ制作をア
ニキャストラボで行う。
アニキャストは、VRゴーグルをつけて、アニメを制作するツール。ゴーグルに仮想空間が映しだされ、自分はその世界の中にいるキャラクターになる。自分の身体を動かすと、キャラクターも連動して動く。声も使える、歌も歌える。これでアニメができてしまう。リアルタイムでアニメを作っていくことができるので、ライヴ配信をして、視聴者と会話することもできる。何万枚ものセル画を描かなくても、自宅にいながらひとりでアニメが作れてしまう可能性が出てきている。そこが面白い。音楽の世界に宅録が登場した状況と似ている。「アニメを作るには何万枚ものセル画が必要」と、考えが凝り固まった僕たちとはまったく違う発想を持つ人たちが、アニメを作りだす。きっと何かが起きる。
こういう潮目が変わるところには、表に出るチャンスを狙って、力を蓄えている人たちが必ずいる。時代や道具立てが変わっても、考え方の共通項を持っている。そういう「20歳の自分」と出会いたい。