世界中のトップビジネスマンや英国首相、英国王室にプレゼンテーションを指導してきたマーティンさん。 実は、東京五輪誘致の影の立役者でもある。世界のスタンダードからみた日本のプレゼンレベルとは?
言葉よりも大事な「情熱」と「ビジュアル」
滝川 2020年のオリンピック・パラリンピック招致に向けた最終プレゼンから、早5年が経ちました。じつはコーチングを受けた当時のことは、ところどころ記憶が曖昧なんです。必死すぎたのかもしれません。
マーティン ふたりでかなりの時間をかけて作りましたよね。まず滝川さんから「おもてなし」という言葉を使いたい、と提案があり「海外の方々に向け、日本独特のこの言葉をどう印象づけるか」を考えていきました。「最も重要なのは視覚情報」と話したことは憶えていますか?
滝川 はい。人の印象を決める要素は視覚情報が約5割で、聴覚情報が約4割、言語情報はわずか1割に過ぎない、と。もちろん内容は重要ですが、棒読みするだけでは、どんなに素晴らしい言葉も伝わりにくい。
マーティン そう。私はもともと演技の世界にいたのですが、同時にスピーチライターの仕事も受けていました。さまざまなジャンルのスピーチライティングをしていて、ある日、ふと気づいたんです。自信作の原稿が、最悪のスピーチになることがある。逆にあまりトピックスを盛りこめなかった原稿でも、非常に面白いスピーチになることがある。そこから、言葉以外の要因を解明していく面白さに目覚めました。日本でも政財界や企業のトップの方ほど「正しい情報を」「正しい文法で話す」ことに意識が向きがちですが、重要なのは情熱と、その伝え方なんですよ。
滝川 私も「もっと笑顔を」「手を大きく使って」と何度も注意されました。自分ではわりと身振り手振りの大きいほうだと思っていたんですが。
マーティン 個人間のコミュニケーションと公のコミュニケーションは、そもそも性質が異なるものです。個人間では当然のように互いの反応がありますが、プレゼンという一方通行になりがちなコミュニケーションにおいては、観客をより強く惹きつけるインパクトスキルが重要になりますからね。
滝川 マーティンさんは2009年頃から、日本人向けにも英語でのプレゼンの指導をされています。全体的な印象は何か変わってきましたか?
マーティン 日本の企業人へのレクチャーでは、外国語に対する苦手意識が先行して萎縮してしまう傾向を、強く感じていました。特にトップの方、年齢が高い方だと、本人だけでなく周りの方すべてが、失敗しないように保護するんですよ。いっそ英語はやめよう、と。
滝川 リスクをとらなくなってしまうんですね。
マーティン そうしてトップが英語を回避すると、必然的に下の人たち、組織全体が英語を避けるようになり、いつまで経っても外国語でのプレゼンが苦手なままになってしまいます。それは国際的なビジネスチャンスの視点から非常にもったいないと思っていました。ただここ数年で風向きが変わっています。私の講演のオーディエンスも、20、30代の若い人が増えていますし、発想もオープンになってきている印象がありますね。
滝川 変わらざるを得ないのかもしれません。
マーティン 企業トップの方にレクチャーする時、いつも最初に企業理念をたずねます。すると「情熱」や「イノベーション」というワードが頻出するのですが、プレゼンではまじめにスーツを着て淡々と話している。矛盾していますよね。データや資料のスライドを映すよりも、表情やジェスチャーのほうがはるかに多くの情報を伝えることができるということを、まず伝えるようにしています。英語が流暢である必要はありません。情熱さえあれば伝わります。
笑顔とユーモアで、双方向の関係性を築く
滝川 読者の皆さんが、今日からすぐ実践できるようなテクニックはありますか?
マーティン まずは相手にどんな印象を持たれたいか、どんな自分を演出したいかのゴールイメージを持つことです。それに合った発声、抑揚、スピード、表情、視線の動かし方、姿勢、ジェスチャーなどを考えていく。実際に自分の姿を動画で撮影してみて、理想と現実のギャップを埋める作業をするといいでしょう。例えば「おもてなし」のジェスチャーを考えた時、まず滝川さんに「日本では子供に知らない言葉を教える時、どんなジャスチャーをしますか?」とたずねましたね。
滝川 「私なら、お・も・て・な・しと一字ずつ、指で差すように教えます」と答えました。
マーティン 実際にその姿を撮影して映像で確認すると、子供を叱るような動作に見えました。そこで指を上向きに、さらに右から左ではドアを閉じるイメージになるので、左から右へ開いていくイメージに。そして最後の「し」で花が咲くようなジェスチャーを加えたのは滝川さん自身のアイデア。素晴らしいパフォーマンスでした。
滝川 指先の動きだけでずいぶん印象が変わりますよね。
マーティン もうひとつ、こちらはより簡単なテクニックです。シリアスを強調するシーン以外では「笑顔」と「ユーモア」を忘れずに。笑いは、観客との距離を縮める近道ですから。
滝川 笑顔というと、招致プレゼンの際の水野正人さんが印象的でした。本当にニコニコ……。
マーティン 水野さんは日本人の男性の方で、私から「笑って」と言わなくても笑っていた唯一の方でしたよ。失礼ですが、フランス語の発音は決してよくはない。でも非常にフレンドリーに、かつ情熱を持って話しているから好感を持たれる。プレゼンターの態度は、そのまま観客の反応になると思ってください。
滝川 まるで鏡ですね。「ユーモア」は難しくありませんか?
マーティン 高度なジョークである必要はありません。誰でもできるテクニックは「自分ディスり」ですね。ちょっと恥ずかしいことをカミングアウトするとか。または観客の予想を超えたオーバーリアクションも効果的です。もっともそれはプレゼンターの個性や伝えたい内容にもよるので、ひと言では説明しにくいのですが。大切なのは笑いや驚きで観客から反応を引きだすこと。つまり、双方向の関係性を築くことです。
滝川 これまで観客として最も惹かれたプレゼンターは?
マーティン ビル・クリントン元大統領です。ある時、彼の政治を嫌う保守層に向けてスピーチをした時のことです。あからさまに否定的なムードが張り詰めた部屋に現れたクリントン大統領は、7秒ほどたっぷり無言で佇たたずみ、おもむろに「well, here I am……」と発しました。このひと言は「あなたたちが私を嫌っているのは重々わかっています。でも私はここにもう来ていますし、ねぇ皆さん?」という意味です。彼のフレンドリーなキャラクター、沈黙の長さ、言葉の合わせ技で観客は戦意をそがれ、一気に場の空気が和んだ。難しい場面を切り抜ける天才的なセンスを感じました。もちろん考え抜かれ、何十回と繰り返しリハーサルをしたのだとは思います。こればかりはスポーツのトレーニングと一緒で、慣れるしかないのですが。それが自信にもなります。
滝川 だからでしょうか、ハードなトレーニングに慣れているアスリートの方は、飲みこみが早いというお話もありました。
マーティン 彼らはコーチングの必要性と重要性を日頃から理解しています。一方で日本の企業人はというと、プレゼンターとしての能力の伸びしろがまだたくさんあります。遠慮がちになるのは「出る杭は打たれる」という漠然とした恐れも影響しているかもしれませんが、国際社会で活躍するのは「打たれても凹まない出る杭」です。2020に向けて日本が世界から注目されている今、ぜひプレゼンスキルを磨き、活躍の幅を拡げてもらいたいですね。
Martin Newman
1963年生まれ。ケンブリッジ大学卒業。2008年に英国の財界人サークル「ザ・リーダーシップ・カウンシル」を設立。プレゼン指導者としての経験を積み、英国首相や英国王室を担当。また世界の政財界トップを相手に、説得力と自信に満ちた自己表現の指導をしている。