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2018.09.30

地球の限界を知れば、未来のビジネスは変わる【滝川クリステル/いま、一番気になる仕事】

政治、経済、市民のリーダーへ科学的な事実を提供するため、今世界中から引っ張りだこの環境学者、 ヨハン・ロックストローム氏。地球環境を事業戦略に組みこまない企業は、今後競争力を失うかもしれない。

地球を気にかけないビジネスに成長はない

滝川 ロックストロームさんは環境科学者として地球環境の深刻な状況に警鐘を鳴らしています。まず地球の歴史から見て、今がどのような時代なのか、改めて教えていただけますか。

ロックストローム(以下RO) 最終氷期以降の1万1700年間は、温暖で安定した気候に恵まれ、人類が初めて農耕文明を興こし、繁栄できた時代です。人類にとってエデンの園のようなこの時代を、地質学では「完新世」と呼びます。しかし1950年代半ば以降、産業化の爆発的な加速によって、生態系の破壊、大気汚染、温暖化などが激化しました。その結果、人類の営みは、地震や火山の爆発、成層圏の活動といった自然要因を上回り、地球環境を変える最大の力となった。1950年代半ば以降のこの新時代を、私たちは「人新世」と呼んでいます。

滝川 私たちが地球に負担をかけたことで、楽園のような時代が終わり、新しい時代が始まりつつあるということですね。

RO ええ。人新世で人類が繁栄を続けるには、どこまでなら地球が負荷に耐えられるかを知る必要がある。それが私たち世界の科学者チームが「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」を研究する出発点となりました。プラネタリー・バウンダリーとは、気候、海洋、生物多様性など地球環境に最も重要な9領域について、地球が安定を保てる範囲を数値化したものです。人類が超えてはいけないガードレールのような指標と言えるでしょう。

9つのプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)の内、気候変動、生物多様性、土地利用、窒素・リンの4つは、すでに限界値を超えて危険域へ。限界値を超えて回復力を失うと、地球は不可逆的に別の均衡状態に移行し、社会や経済を危険にさらすことに。

滝川 その9領域のなかには、気候変動などすでに限界値を超えて、危険な状態になりつつあるものがいくつもありますね。

RO 地球にはある程度の衝撃や変化に耐えうる回復力があります。気候変動に対しては、北極と南極の氷、海洋循環、巨大な熱帯雨林などがそうですね。もしこの回復力が失われ、限界を超えて転換点に達すると、地球は大規模な変動を突然起こします。熱帯雨林がサバンナに、サバンナが砂漠に、珊瑚礁は死の海に変わり、気温は3℃、4℃、さらには6℃まで上昇するかもしれない。そうならないよう、人類は、プラネタリー・バウンダリーの範囲内で活動しなければなりません。

滝川 気候変動は、私たちの排出する二酸化炭素と深い関わりがあります。どうしたら減らしていけるのか……。

RO 温暖化の原因である二酸化炭素濃度は400ppmを超え、危険領域に入っていますが、排出量を減らす気運は世界的に高まっています。ビジネスの意識も変わってきていますよ。各製品に要する二酸化炭素排出量を公表するなど、先進的な取り組みをする企業も出てきています。中小企業にはコスト面で余裕がないかもしれませんが、いずれすべてのビジネスは、今ただで使っている、つまり「地球が補助してくれている環境のコスト」を負担すべきでしょう。この場合、倫理感に訴えるだけでなく、飴と鞭が必要だと思います。炭素排出量に課税する一方で、再生可能エネルギーを使う企業には相応のインセンティブを与えるような。

滝川 生物多様性の問題はいかがですか。生物種の第6次大量絶滅期と言われるほど危機的状況なのに、あまり注目されていないのが、もどかしくて。

RO たしかに生物多様性の問題は最悪の状況ですね。種の絶滅ペースは地球史上最速レベルであり、とうに限界値を超えています。また生物多様性は、水、土地、海洋など地球環境の諸要素の状況をすべて反映する気候変動と並んで、最も重要なプラネタリー・バウンダリーです。ですがとても複雑で数値化しにくいものでもあり、改善の取り組みは容易ではありません。

RO

サステナビリティ(持続可能性)の ロックスターとも呼ばれているヨハン・ロックストローム氏。

滝川 目に見えにくい深刻な問題だからこそ、状況を伝え続けなければなりませんね。また日本では今、食品の過剰生産、廃棄が問題になっています。食料、そして農業の問題はどのように考えればいいでしょうか。

RO 食料生産は森林破壊、二酸化炭素排出、窒素・リンの汚染といったリスクが伴い、地球環境に大きな負荷をかけるものです。世界人口は増え続けていますが、地球への負荷は減らさなければ。食料関連企業は環境要素の改善目標を事業モデルに組みこんでほしいですし、消費者も、自分が食べることが、気候変動、生物多様性、水、土地などに大きな影響を及ぼすことを気にかけるべきでしょう。本来日本の文化は、環境と共存するうえで理想的な面も多いんです。例えば水産物を多く食べる食文化のように、健康的で持続可能なたんぱく源を確保する方法は世界から求められています。「里山」のような生物多様性を保つ土地利用方法も有効でしょう。

滝川 目先の利便性やコスト面を優先するのではなく、環境に対していかにベストな選択をするかが重要になりますね。

RO 「健康」も食料の持続可能性につながるキーワードです。近年、健康な食生活は持続可能なものだという研究も進んでいるんですよ。環境にさほど興味がなくても、自分の健康は気になるという人は多いですからね。

ビジネスで生き残る戦略としてのSDGs

滝川 プラネタリー・バウンダリーは、国連が掲げるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の基礎とも言えますね。スターバックスやマクドナルドがプラスティック製ストローを廃止するなどの動きもありますが、一般にSDGsが浸透しているとは言えず、こちらも歯がゆい状況が続いています。

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RO SDGsは社会、経済、環境のすべてを総合的に考え、飢餓や貧困をなくし、誰もが等しく平和に、クリーンなエネルギーで発展していく……地球と人類の持続可能性を目指す初めてのロードマップです。しかし、その17の目標の都合のいい部分だけ取り入れるなど、正しく広まっていないところもある。17目標は総合的に達成することが大事なので、ビジネスも全体像を理解して、持続可能性を目指さなければなりません。ストロー廃止などもアプローチとして悪くはありませんが、もっと根本的な事業の変革を考えるがあります。

滝川 環境問題というと企業はCSRといった枠で考えがちですが、もうその段階ではないと。

RO 地球環境を考えることは、もはや社会貢献や自然保護ではなく、ビジネス戦略です。SDGsやプラネタリー・バウンダリーを事業戦略に組みこまない企業は、この先消費者や投資家に選ばれることも、世界市場で競争することも難しくなるでしょう。

滝川 ロックストロームさんは企業などへの働きかけも積極的にされているとか。

RO そうしなければ、大きな変化は望めませんから。例えば私たちは、気温上昇を2℃以内に抑える道筋として、炭素排出量を10年ごとに半減する目標「炭素排出半減の法則」を発案しました。これはプラネタリー・バウンダリーを採用する多くの企業と対話し、ムーアの法則から着想して生まれたアイデアです。どの企業でも取り組めますが、達成には、発想の転換や新しい事業モデルの創造、顧客との話し合いが必要です。それこそ、新しい時代のビジネスリーダーが行うべきことでしょう。世界が大きく変わる今は、成長のチャンスでもあります。特に若い経営者の皆さんには、ぜひ野心的に向き合ってもらいたいですね。

Johan Rockström
1965年スウェーデン生まれ。ストックホルム・レジリエンス・センター所長。ストックホルム大学教授。地球と社会の持続可能性を研究し、2009年に29名の研究者とともに人類が生存できる範囲の限界「プラネタリー・バウンダリー」を発表。

TEXT=藤崎美穂

PHOTOGRAPH=滝川一真

STYLING=吉永 希

HAIR&MAKE-UP=野田智子

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