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理系テクノロジーで挑むテロワールの味:松坂 浩志

塩山製作所代表取締役社長
松坂 浩志

半導体製造を手がける塩山製作所が立ち上げた「MGVs(マグヴィス)ワイナリー」。理系集団が造る体系化されたワインが、日本ワイン界に旋風を巻き起こす!


液体窒素のタンクが目印!? モダンなワイナリー

今、日本のワイン業界が熱を帯びている。平成29年の国税庁発表によると、日本ワインの出荷量はここ3年間で約13%も増加。政策の変更で新規就農の障壁が下がった点に加え、日本ワインが次々に欧州の国際コンクールで入賞、消費者が目を向けるようになった点も大きい。現在、国内のワイナリーは280場余り。なかでも国内最多の80場以上を有する山梨に注目のワイナリーがある。

勝沼インターをおり、ものの10分しないうちに見えてくるのは液体窒素のタンクに描かれた「MGVs WINERY」の文字。実はここ、半導体製造を手がける塩山製作所が2017年に立ち上げたばかりのワイナリーなのだ。塩山製作所といえば、半導体製造における独自の切削・研磨技術の高さで名を馳せる専業メーカー。一見、乖離している両者だが「意外に共通点があるんです」とはMGVsワイナリーの代表でもある松坂浩志。実家はもともと4代続くブドウ農家で、自身もブドウ栽培やプライベートワインの醸造を行ってきた。

「ここは12年余りスマートフォンのカメラ向け半導体部品を生産する工場として稼働してきました。ところが台湾や中国の企業が進出し、世界的な価格競争の時代へ突入していったんです」

国内ではコスト面で不利と見るや一部の生産拠点をベトナムに移し、事業をスリム化。そこで松坂に芽生えたのは、人件費の安い国へと生産が移っていく事業ではなく、独自の価値を生む商品を作り、人や技術を次世代に残したいという想い。ならば大好きなワインでーー。そこで「このあたりで育ったので、一番上手にブドウを作る人を知っていました」と前田健氏を栽培ディレクターに、県内のワイナリーで重要ポストを歴任してきた袖山政一氏を醸造責任者として招聘。自社畑を中心に日本固有種の甲州とマスカット・ベーリーAのみを栽培し、初年度は2万3000本のワインを仕込んだ。地元を活気づけたいとの想いも強く、3年後には付近の耕作放棄地を有効活用し、3倍の生産体制を目指す。

液体窒素のタンクをワイン造りにも再活用。精密機器製造に必須の窒素ガスは、搾汁時にブドウの香りを閉じこめるために活用。酸化防止のため二酸化炭素も使用する。

半導体事業の特性をワイナリーの強みに

新規事業立ち上げにあたり松坂を悩ませたのがブランド構築。「今まではブランドを必要としない下請けでしたから、そのあたりはまったくの素人。しかし、ワイン造りとなるとブランディングが重要になってきます」

そこで起用したのはデザインマネジメントの第一人者として知られるMTDO(エムテド)の田子學氏。国内外のコンクールで数多くの受賞歴があり、現在は日本のみならず台湾の大学でも教鞭をとる人物だ。

「松坂さんにはゼロ段階からご相談をいただき、デザイナーとして無限の可能性を感じました。ただ、初めてこの場所を見せていただいた時の印象はザ・工場。どうアプローチすれば人が来たくなるワイナリーにできるか、そこが悩みどころでした」

最終的には「思い切った事業転換を行う時、元のストーリーをすべて消し去る必要はない」と、工場内にあった設備や資材を60%近く再利用。ワイナリーに入ると、グレーチングパネルを使った床や配管を利用した柱、クリーンルームなどが散見できる。半導体事業が持つ“衛生的”“徹底した品質管理”といったイメージを、ワイン事業にも活かした格好だ。

元半導体工場とは思えないほどモダンなショップ&試飲スペース。ガラス越しに醸造室を眺めることもできる。

畑の特徴を映しだす、素直な味のワインを

緻密な半導体製造のノウハウはワイン造りにも生きている。「我々が造りたいのは、ボルドーやブルゴーニュのように、土地の個性を活かしつつ、口から零れおちるほどの広がりを持つワイン。そこで、ワイナリー稼働前から土地の特性や醸造法をマトリックス化していたんです」

この理系的な考え方が田子氏の印象に残り、生まれたのがアルファベットと数字3ケタで表されたラベルデザイン。それぞれブドウ品種、収穫地、仕込み・原料処理方法、製造方法を指す。どこに何が書かれているかわかりにくい従来のラベルに比べ、この明快さは消費者目線では大歓迎だが、ウソがつけなくなるため事業者としての覚悟か必要になる。田子氏がそう伝えたところ、松坂からの返答は「まさにそういうワインが造りたいんです」だった。

ファーストビンテージは白5種、赤2種、ロゼ1種の全8種。

国内では’15年にワインのラベルへの地域表示や品種表示に関して初めてルールが定められ、今年施行となる。松坂の考えは、そんな世の中の流れにも合致しているように思える。

「いえいえ。最初から土地の特徴を活かしたワインを造りたいと思っていましたし、むしろ法律の先をいきたいぐらい。例えば『勝沼レッド』というワイン名をつけたい場合、以前は75%以上のぶどうが勝沼産であることが条件でしたが、今回の法律では85%まで引き上げられました。しかし、我々は100%その地域のブドウを使っていますし、最終的には地域単位ではなく畑単位で作ったブドウでワインを造りたいと思っています」

ブドウの糖度や酸度、タンニンをコントロールするため色違いの傘をかけかえている。

ワインとはアカデミックなもの

操業1年目に「日本ワインコンクール2017」で3銘柄が入賞し、すでに高評価を得ているMGVsのワイン。しかし、松坂は畑の個性を見極めるのに後3年はかかると言う。

「ワインは複雑な要素が絡みあったアカデミックなもの。最低3年はデータを取らないと傾向が掴めません。今後、畑の個性が明確になったら、よりフィットした製法でワインを造り、定番商品に育てたいですね。それが、我々が目指す“テロワールの味”につながると思うんです」

松坂はブドウ作りに重要な積算日照時間はもちろん、積算雨量などすべてをデータ化。「風の重要性も調べたい」と積算風量計も作ってしまうのだからさすがエンジニアだ。甲州もマスカット・ベーリーAも日本が誇るブドウ品種だが、世界で戦うには少々水っぽい。そこで栽培チームが取り組んでいるのが、味を濃縮するためにブドウの粒を小さくすること。その効果はすでに数値に表れている。今後は日本では珍しいタンク内二次発酵のスパークリングワインをリリース予定。その数2000本。争奪戦となること必至だ。

ブレーンが仕かける“0(ゼロ)”からのブランディング

ワイナリーの影も形もなかった頃に出会い、二人三脚でビジョンを形にしてきた。「ゆくゆくは世界を視野に入れたいですね」(松坂) 。「この事業を長い目で育てて、近い将来、日本の代表格となるワインになってほしいです」(田子氏) 。目指す先はふたりとも同じだ。

※ゲーテ2018年3月号の記事を掲載しております。掲載内容は誌面発行当時のものとなります。

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