2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
浜名湖の天然水で育まれた数十万匹の“養殖すっぽん”
「養鰻(ようまん)」は、鰻の養殖。では「養鼈」は? この難解な漢字「鼈」の音読みは「べつ」。訓読みは「すっぽん」。養鼈(ようべつ)とは、すっぽんの養殖のことだ。浜名湖のほとりにある服部中村養鼈場は、明治期に創設された日本初の養鼈場。100年以上の歴史を経て、現在でも良質なすっぽんを安定的に供給することで、多くの料理人の信頼を得ている。
「創始者はもともと東京で川魚を扱う商人だったんですが、すっぽんの生態を研究し、養殖を始めようと考えたようです。そこで選んだのが温暖な浜名湖。広大な敷地もあったので、ここがいいと思ったのではないでしょうか。すっぽんは餌によって肉質に差が出ます。天然だと味が安定しないんです。その点、養殖のすっぽんは肉質がやわらかく臭みが全くない。浜名湖で天然のすっぽんが捕れたという話をたまに聞きますが、ほとんどうちから逃げたやつだと思います(笑)。うちの場合、餌も有機飼料にこだわっているから味もいいんです」(服部征二社長)
確かにその敷地は広大だ。大きなプールのような池がいくつも並び、敷地内に大きなビニールハウスのような屋内飼育場も建てられている。ここでは数十万匹のすっぽんが育てられているという。
「すっぽんは冬眠期間が長いので出荷するまで3〜4年かかるんです。まだ小さく鳥などに狙われるうちは、屋内で育てます。ある程度の大きさになってから外の池に出すんです」(服部社長)
中田英寿はこの大きくなったすっぽんを池に運ぶ作業を手伝うことに。10m☓10mほどのプールで育ったすっぽんを1匹ずつ捕まえてカゴに入れる。「本当に噛みませんか?」と最初は楽しそうにしていた中田だったが、5分も経つと、「これは、かなりきつい仕事ですね」。
プールには泥が敷き詰めてあるので、それを掘りながら直径5〜6センチに育ったすっぽんを手探りで探す。しかも日に照らされた屋内飼育場は、とんでもない暑さ。真夏には50度を超えることもあるという。汗だく、泥だらけになってすっぽんを探し続ける。小さな池を5〜6人がかりで約30分。ようやくプールのすっぽんをとり終えると、そのカゴを持って野外の池へ。今度は腰まで水に浸かって、ゆっくりとすっぽんを池に放つ。ここからゆっくりと時間をかけて大きく育っていくのだ。
「せっかくだからすっぽんを召し上がりませんか?」(服部社長)
事務所に伺うと、たっぷりとすっぽんが入った鍋が用意されていた。一口すするだけで、旨味が体に染みわたる。
「すっぽんは出汁が命ですからね。いいすっぽんは出汁をとったときにまったく臭みが出ないんですよ」(服部社長)
肉はやわらかく、とても食べやすい。高級料亭の味わいだ。汗だくで働いていた中田も満足そうに食べている。このすっぽんでスタミナをきっちり回復させたことだろう。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。