ゲーテ読者に薦めたいとっておきの1冊を、京大卒のオタク女子・三宅香帆が毎月ピックアップ! 今回は、ペスト禍における人間模様を克明に描きだす傑作歴史長編、『ペストの夜 上・下』をご紹介。
ノーベル文学賞作家が描くパンデミックと国家、そして人間の闘争
物語の舞台は、1901年のオスマン帝国。架空の島であるミンゲル島でペストが発生、疫病が蔓延(まんえん)し始めた島に対し政府は海上封鎖を強めていく。そんななか、皇帝アブデュルハミト二世の命で派遣された疫病学者が何者かによって惨殺される事件が起き、代わりに皇帝の姪にあたるパーキーゼ姫とその婿であるヌーリー医師が送りこまれることに。果たしてふたりは、ペストの流行を食い止め、殺人事件の謎を解くことができるのか。歴史ミステリでありながら、ペスト禍における人間模様を克明に描きだす傑作歴史長編だ。
トルコ人として初めてノーベル文学賞を受賞した著者は、世界にコロナが蔓延する前から疫病をテーマにしたこの小説の執筆を始めていたという。奇しくも今の状況で本書を読むと、疫病との闘いの苛烈(かれつ)さがより際立って見えてくる。特に、疫病への対策という名目で島への管理を強めたい政府のあり方と、そんな島から逃げだしたい民衆が反発する描写などは、実にリアルな現象として胸に迫ってくるものがあるだろう。
人類のコロナとの闘いはまだまだ収束しそうにない。そんな今だからこそ、読んでおきたい小説のひとつである。
『ペストの夜 上』 『ペストの夜 下』
オルハン・パムク 著/宮下遼 訳 早川書房 各¥2,970
Kaho Miyake
1994年高知県生まれ。書評家、作家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『女の子の謎を解く』等がある。