お金のトレーニングスタジオ「ABCash」を運営し、新刊『未来のお金の稼ぎ方』を出版した起業家、児玉隆洋氏が「未来のお金」についてさまざまな分野の賢人たちに問う対談シリーズ。対話から見える、お金、経営、事業で成長するために持つべき視点とは──。マネックスグループCEO・松本大氏との対談・前編。
お金は思い描いた未来を描く道具
常に次世代におけるお金との付き合い方を提案し続けるマネックスグループ。そのCEOである松本大氏の目には今、「未来のお金」はどう映っているのだろうか。金融教育ベンチャーの若手起業家が、これからの時代のお金について率直な思いをぶつけた。
児玉 日本でも『デジタル円』の検証が進んだり、暗号資産など法定通貨以外のお金が当たり前に流通するようになったりと、お金の概念が大きく変わろうとしています。松本さんはよく「お金は思い描いた未来を描く道具」とおっしゃっていますが、このような時代において、お金の価値はどのように変わっていくと思われますか?
松本 そもそもお金は価値を保つ道具で、その道具を使って我々は何かと交換するわけですよね。ですが、今は必ずしもお金を介さなくてもいい時代になりました。たとえば、CO₂を減らす活動をしたらポイントをもらえて、そのポイントで商品と交換できたり。たとえば、君がこういうことをできるなら、僕はこれを提供するよと、サービスやスキルを交換したり。お金の代わりに価値を交換できるものが出てきたわけです。これは大きな変化だと思います。
児玉 なるほど。そう考えると、物々交換に近いものがありますね。お金は一見ハイテク化しているように見えて、本質的には、意外と過去に戻っているということなのでしょうか?
松本 面白い質問ですね。ただ、今の物々交換は誰もができるわけじゃないんです。基本的にネット環境があることが前提で、ネット環境がない人やスマホやPCを使えない人は、そうした手段を選ぶことができません。ですから、後戻りというより、分化が進んでいるといえるのではないでしょうか。そして、そうした多様性の時代だからこそ、私がお金の価値として大切だと思うのは、どんな環境の人も包括するという役割です。
児玉 と言いますと?
松本 どんな環境であれ、価値を交換できるという役目です。意外かもしれませんが、それができるのは現金だけなんですよね。たしかにお金は電子化が進み、どこでもスマホひとつで決済できます。でも、スマホの電池が切れたり、ネットがなかったりするとチャージもできず使えません。その点、現金は強い。O型の血液が相手を選ばず輸血できるように、誰に対しても使えますし、パスワードもログインも必要ないですから。
児玉 たしかに。自分もスマホケースに必ず1万円を入れています。個人の飲食店など現金オンリーのところでは、何度も助けられてます。
松本 現金はいちばん確実で間違いがないですからね。私も支払いはほとんどキャッシュレスですが、ポケットには必ず数枚お札を入れています。国内はもちろん、海外でもそうです。アメリカもヨーロッパも、日本以上にキャッシュレスは進んでいて出番はほぼないんですけどね。それでもアメリカなら100ドル札と20ドル札、1枚ずつは必ずポケットに入れていきますね。
児玉 ということは、結局現金がいちばん便利だということなんでしょうか?
松本 もちろん、持ち運びの負担などデメリットもあり、現金が一番いいわけではありません。ですが、どれほど電子化が進もうと、現金には現金にしかない強みがあって、廃れないと思いますね。アナログって、すごく強いんですよ。私はスケジュール管理も紙です。
新しいお金の強みは、エンゲージメントができること
児玉 それは意外です。
松本 もちろん、Googleカレンダーも使っていますが、やっぱり電気やネットがないと見られないというリスクがある。だから、バックアップとして紙も使っているんです。スケジュール帳は中2からずっと同じブランドのものを使っていて、必ずシャープペンシルで書きます。というのも、パピルスとカーボンの組み合わせは、“残る”という意味では最強なんです。研究によれば、4000年ぐらい持つらしいですよ。
児玉 そうなんですね! 知りませんでした。
松本 一度ボールペンも使ったことがあるんですが、5年ぐらいするとにじんできました。カーボンで書いたものはそういうことがないし、濡れても平気。ですから、暗号資産の秘密鍵も、紙に鉛筆で書いて、銀行の貸金庫に預けておくのがいちばん安全ですよ。実際、スイスのプライベートバンクは富裕層向けに、紙にカーボンで書いたパスワードや大切な文章を、貸金庫で預かるというサービスを昔から提供しています。
児玉 それは面白いですね。ハイテクなお金をアナログで守るという。
松本 そういうハイブリッドな使い方は、これからいろんなシーンで出てくると思うんですよね。一方で、NFTとか、暗号資産といった新しいお金は何が強いのかといったら、エンゲージメントができることです。これはキャッシュにはない強みだと思います。
児玉 たしかに、スマートコントラクトを組み合わせて、条件を達成したときにお金が動く仕組みをプログラムできたりするのは、ブロックチェーンを基盤とする新しいお金ならではですね。
松本 人をエンゲージできるというのは、本当にすごいこと。さっきのCO₂を削減したらポイントがもらえるというのもエンゲージメントですが、もっと身近なところにも活用ができる。たとえば、孫がおばあちゃんに電話をかけると、おばあちゃんからお小遣いがもらえるとか。最初はお小遣い目的になるかもしれないけれど、結果、コミュニケーションが深まるきっかけになるでしょうし、そういうエンゲージメントを組み込めるお金は、実は人を動かしていくことができる。これはキャッシュにはできないことです。
児玉 新しいお金と今のお金、それぞれの強みを理解しておくことが、これからのお金との付き合い方として、大切になりますね。
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Oki Matsumoto
マネックスグループ取締役会議長兼CEO。1994年、史上最年少の30歳でゴールドマンサックスのパートナーに就任。1999年、ソニーとの共同出資でマネックス証券を設立。個人投資家向けにオンライン証券を中心として、金融サービスを展開。現在はオンライン証券に加え、クリプトアセット、投資セグメントへと多角化し、多様な収益源をもつ企業体へと成長している。著書に「お金という人生の呪縛について」(幻冬舎)など。
Takahiro Kodama
ABCash Technologies代表取締役社長。2007年、サイバーエージェントに新卒入社し、AmebaBlog事業部長、AbemaTV局長などを歴任。2018年、日本の金融教育の遅れ・お金の情報の非対称性に大きな課題を感じ、ABCash Technologiesを設立。累計受講者数2万人を超える、お金のトレーニングスタジオ「ABCash」を運営する。趣味はサーフィン。