2020年秋。GOETHE編集部は、武豊騎手と馬主・松島正昭氏による凱旋門賞壮行会の席に偶然同席した。その際に、文豪ゲーテの人生訓と、その名を冠した雑誌のコンセプトに共感した松島オーナーが、ディープインパクト産駒(牡馬)の馬名を「ゲーテ号」とその場で命名!
雑誌と同じ名前の競走馬の成長をGOETHE取材班が追いかける連載「走れ! ゲーテ号」WEB版の第7回は、ついにデビューに向けて本格的なトレーニングが始まった、栗東トレーニングセンターでの様子をお届けする。
社台ファームを離れ、ついに栗東トレーニングセンターへ
ディープインパクトの仔として2019年4月20日に生を受けたゲーテ。それから約2年。生誕以来、過ごしてきた社台ファーム(北海道千歳市)を旅立ち、ついに栗東(りっとう)トレーニングセンター(滋賀県栗東市)に拠点を移す時がやってきた。
社台ファームでは立派な競走馬になるための基礎的な訓練に明け暮れていたが、栗東トレセンではデビューに向けて本格的なトレーニングに励む。ゲーテを担当するのは、武幸四郎調教師。父・武邦彦、兄・武豊に続いて騎手の道を歩んだ後、’18年に調教師に転身。栗東に自らの廐舎を開業した。無事に入廐を迎えたゲーテ号の印象について、武はこう説明する。
「ディープ産駒ですから、現時点ですでにポテンシャルをひしひしと感じています。ただ、想像以上にまだ"おぼこい"というか、幼さが抜け切れておらず、体力面もまだまだこれから。性格は、見るたびに"愛嬌があるなあ"と思っています。故郷を離れて寂しいのかわかりませんが、馬房でよく泣いていますよ(笑)」
当初は今夏デビューを目標としていたが、「先を見た時にここで焦るのはよくない。真夏よりも涼しくなる季節のほうがいい」と、秋以降に開催される1600〜2000mの新馬戦をターゲットに、時間と手間をかけて育てる方針だという。
デビューの先送りを決断した背景には「いい成績を出しながらも故障しない馬を育てたい」というポリシーがある。それは「師」と仰ぐ藤沢和雄からの受け売りでもある。武は廐舎開業前、自ら志願して調教師として現役最多のJRA通算勝利数を誇る藤沢の下で1年間武者修行した。
「調教師としての多くを藤沢先生から学びました。なかでも"自分なりにやることをやって自信を持ってレースに出せる状態にもっていく大切さ"を学べたことは本当に大きいですね」
藤沢は1990年代後半に伝説を残している。外国産馬タイキシャトルのデビューを他の同世代よりも1年近く先送りして成長を気長に見守った。適性を見極めた末にデビューさせると、連戦連勝。国内外の短距離GⅠを2年で5勝し、日本競馬史に残る名馬に育てた。他にも年度代表馬となったシンボリクリスエスもゼンノロブロイも大成したのは3歳秋以降。現役馬で、GⅠ5勝のグランアレグリアもマイル適性を見極め、5歳の今まさに円熟期を迎えた。
その藤沢から薫陶を受けた武によってゲーテ号は育てられている。入廐から1週間後には、競走馬としての初関門であるゲート試験を1発合格。藤沢が育てたあのタイキシャトルでさえも、ゲート試験は2度落第してデビューが遅れたという逸話もあるだけに、早速、周囲に利口ぶりをアピールした。5〜6月にかけては、宮城県の山元トレーニングセンターでじっくりと調整中。仕上がりがよければ、夏の北海道シリーズでのデビューの可能性も「ゼロではない」と言うが、武はあくまでも焦らず、機が熟すのを気長に待つ。
「期待が高いからこそ結果も求められる。自信を持って送りだせるまでしっかり育てます!」
思えば、父ディープインパクトのデビューも2歳の12月。調教師の信念どおり、じっくり育って、走れ、ゲーテ号!