幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。
『魔女の宅急便』レビュー
お久しぶりです……ってこともないのですが、たった一回、高畑監督作品を挟んだだけで、月イチの連載を一回休んだような気がしています。
最近は、プライベートでも3歳になる娘と『トトロ』か『千と千尋』をよく一緒に観て過ごしています。大枚はたいて買ったBlu-rayディスクがもったいないから……というのもあるんですが、安心して子供に観せてあげられるってのがやっぱり大きいですね。
娘的には我が家のHD内にある『アナと雪の女王』の録画も観たいそうなのですが、随分前にフジテレビで放送されたそのアナ雪録画には、当時フジが猛プッシュしていた、永野芽郁さん主演の映画『ひるなかの流星』のCMが節々に挟まれてまして……女学生役の永野さんが、同級生や担任のイケメンと「口が腫れても知らんぞ! 」とバケツの水をぶっかけたくなるぐらいチュッチュクチュッチュクやってるシーンが流れるんですね。
基本CMスキップするんですが、こっちがトイレ行ってたりしてそのまま見せてしまうこともよくありまして、娘も本能を刺激されたのか、口をとがらせて見入ってたこともあったので、我が家ではフジのアナ雪は取り扱い注意となりました。
……というわけで、今月は娘に安心して見せてあげられそうな『魔女の宅急便』を観てレビューを書きました。
とにかく冒頭がすげぇ
始まってすぐ、人物たちの会話から伝わってくる”魔法がそんなに珍しくない”という世界観。トトロにも出てきた文系メガネの父親、活発な少女のパンツがチラチラ……オーケーです、いつもの宮崎流ファンタジーですよね、もう随分免疫がついているので……はい、どんどん進めてください……なんてのんびり構えてたんですよ、最初は。
……完全に油断してました。キキとお父さんの父娘のやりとり、5分37秒あたりのところで思いっきり泣いてしまいました。「泣きそう」とかじゃなくて、マジ泣き。この前のWBSSの井上尚弥・パヤノ戦は1分10秒でしたが、体感的にはあの試合を観てた時の感じ。
あの号泣ボクシング映画「チャンプ」でもそんな冒頭から泣いてないのに……。疲れてるんですかね……? いや、でも本当に父娘のやりとりが素晴らしかったんですよ。
突然やってくる娘の旅立ち、ひらひらと一周して魔女のワンピース姿を父に見せる娘。「お父さん、小さい時みたいに高い高いして! 」「重くなったなぁ……」からのハグ……ふたりはここで2回温もりを感じ合うんですよね。
これがもう本当リアルで……その存在の愛おしさを一番感じられるのって、やっぱり子供の体温で、嫌なことがあっても一気に幸せにしてくれるこの体温に、私は何度も救われてきたわけで。「ねぇ、お父さんのラジオもらってもいい?」って最後のおねだりもね……我が家だったらiPadとかなのかな……最近よくさわりたがるもんなぁ……全然あげるよそんなの、iTunesギフトカードを買いにコンビニ走るよ、Apple純正の充電器も忘れるなよ? あれないと面倒だぞ?そんなことよりさ……そんなのどうでもいいからさ、頼むからそんなに早く大きくならないで……なんて考えてたらもう、わんわん泣いてました。これは娘持ちのおっさんには相当クると思います。
キキがみんなに見送られながら、ほうきに乗って魔女の修行に旅立った夜。……あれ? さては宮崎監督、ほうきに乗って飛んだことあるな……? と思わせるぐらいリアルすぎる不安定な飛び方、上空の冷たい風の感じ、気圧の関係で耳がポーンとしそうな気すらしてきます。
お父さんのラジオをつけるとユーミンの「ルージュの伝言」が新天地への少女のワクワクを表すかのように流れる。で、空飛ぶキキの影が満月に重なってタイトルが浮かび上がる……って、完璧すぎるだろ、もう。なんだこの9分間。もうここで終わってもいい……もうおなか一杯! それぐらいクオリティの高さを感じました。
しかし……
途中でちょっとダレてきたかも……
決して面白くないわけじゃないんですが、キキが新しい街にたどり着いた後、30分ぐらいのところからちょっとテンポが悪くなるというか、届け物の猫のぬいぐるみを落っことして、ペットのジジとすり替えたりして奔走するくだりとか、おっさんの俺には少々退屈に感じてしまいました。
いや、これいつも書くことなんですが、悪いのは私がおっさんだからであって、作品は全然無駄がなく、おそらく児童文学の原作を世界観を崩すことなく(むしろ正しいやり方で膨らませて)見事に映像化してるのだろうという想像もできるんですね。
単純におっさんにとって猫のぬいぐるみは、「肝臓の数値」や「尿酸値」ほど重要じゃないというだけの話で。
ただそうなると、さっきまでさほど気にならなかったことが急に頭の中で雑念になってうろつき始めるんですね。やたらパンツ見せるシーン多いな……とか、魔女の魔法が「飛ぶだけ」ってのは新しいなとは思ってたけど、飛んでばかりだとさすがに少し飽きてくるな……とか。
もう少しだけ、主に気になった部分を2つ掘り下げて書いてみます。
女傑キャラ、二人も必要?
何度か見返してて、あれ? と気づいたんですよ。キキがちょっとでもぼけた発言をすると「はーっはっはっ!!」と、別にそんな面白くないもないのに豪快に笑う男勝りな女性キャラ、それが二人も出てくるんですよ。キキが世話になるパン屋のおソノさんと、画家のお姉さんなんですが。
主人公を成長させてくれる女傑キーパーソンは一人にまとめてしまっても良かったのかもしれません……素人意見でごめんなさいですが。
ただの死にたがり・トンボが生理的にちょっと……
個人的になんですが、ボーイフレンドのトンボがちょっと無理でした。キキに冷たくされてもニンマリとするMっぽさ、「魔女子さぁ〜ん」という呼び方のセンス……なんだよこいつ……。電話での会話とかも一方通行すぎるし……ラピュタのパズーから男前エキスを差っ引いた感じというか。自転車をこぐ時のケツのあげ方、全体的に乳白色っぽい色合い、数えだしたらキリがないですが。
娘が将来トンボみたいな”ただの死にたがり”を連れてきたら、最悪、家にも入れないかもしれません。ただ、鳥人間コンテスト頑張れ! と言って、夢は応援してあげたいです。自分みたいな地味な生き方の人間だと、「大空への夢」って一瞬でも抱いたことはなかったなぁなんて思わされたりもして(高所恐怖症というのもありますが)……そういうところは少し羨ましいですね、トンボ。
結論:娘と何度も観たい秀作だけど、やっぱり冒頭の9分が完璧すぎた
ラスト、スランプで飛べなくなっていたはずのキキが、飛行船にぶら下がった死にたがりの友人・トンボを救うため、観衆の前で飛行活劇を繰り広げ大活躍します。街のヒーロー(ヒロイン?)となったことで、魔女として受け入れてもらい、思春期をこじらせていたキキも同世代の友人たちと打ち解け、自分の居場所を見つけ独り立ちしていく。そんな様子がエンドロールのダイジェストシーンでも描かれています。この一連の流れ、とても良いシーンでグッときたんですが、何周も観ててちょっとまた考え直したりもしたんですよ。
あんな映画的な、スーパーマンのような大活躍なんてしなくても、少女が地道に居場所を見つけていく様子をもっと見たかったな……と。
キキが最初に仕事をしたおばあさんが、キキの誕生日ケーキを焼いていてくれたシーン。これがもう、新しい場所で見つけた自分の居場所への入り口なんですよね。だからそれで満足しろって話で、その後は劇場のお客さんのためのスペクタクルが必要なのもわかるんですが……それがちょっと取ってつけたように見えてしまったところもちょっとあるかもしれません。映画だから、映画的で当然なんですけどね(笑)。
とは言え、ラストのスペクタクルの中でも、特にこの場面は超好きなので、そこをいつものジブリエッセイ漫画にしてみました。
あと、すいません……実はこっちも観てみたんですよ。
タイトルが出るまでの冒頭9分がアニメ版とほぼ同じ内容なんですが、ナレーションを使わずに会話と描写だけで全てを伝えきっている構成など、いかにアニメ版が優れているかがよくわかるので、9分だけでも見比べてみることをオススメします。
さて、次回のジブリレビューは?
今回の『魔女の〜』は、音楽が他より飛び抜けて良かったというのもあって、特にOPとEDでユーミンの良さを改めて思い知らされたので、次もユーミンがテーマ曲のものを……(「ひこうき雲」がジブリ作品のテーマ曲になっているのはさすが知ってます)とも思ったのですが、これまで同様、また読者の皆さまのご意見をいただけたらありがたいです。次に観るべきあなたのおすすめ作品を教えてください。ツイッターやfacebook、Instagramなどで「#ジブリ童貞」のハッシュタグをつけて投稿していただけたら嬉しいです。