歴史ある名車の”今”と”昔”、自動車ブランド最新事情、いま手に入れるべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。本連載「クルマの教養」では、国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から、ためになる知識を伝授する!
専用エアロパーツにより放つ攻撃的な雰囲気
どの世界にも頂点は存在するが、今、日本で入手できるステーションワゴンの頂点といえば、このアウディ「RS6アバント」だ。カンパニーカーとしても活躍するアウディのミドルクラスA6シリーズのステーションワゴン「アバント」をベースに、アウディの高性能車を手掛ける「アウディスポーツ」が、徹底的に磨き上げた最強のワゴンなのだ。
王道的なステーションワゴンのフォルムを備えながら、専用エアロパーツで武装することで、かなり攻撃的な雰囲気に。それもそのはずで、エクステリアのパーツは、フロントドア、ルーフ、テールゲート以外はすべてRS専用品に変更。フロントマスクも、A6のイメージを残しつつ、ブラックグリルや裾を広げたエアロバンパーなどで冷却性能と空力特性の向上を図る。275/35R21という大径タイヤを収めるために、ワイドフェンダー化され、ベース車に対して全幅も約40mm拡大されている。
やはり専用品となるボンネット下には、今や贅沢となった4.0L V8DOHCツインターボユニットを搭載。最高出力は600ps、最大トルクは800Nmにも達する。ワゴン車でありながら、0-100km/h加速は、3.6秒。最高速度は250km/hとするが、真の実力はさらに上。なんとオプションで305km/hにスピードリミッターの上限を変更もできる。そんな過激な顔を持つ一方で、マイルドハイブリッド化と、一時的にV8の片側バンクを休止する気筒休止機能などの環境対策もしっかり押さえる。時代に合わせた必須の対応だが、なんとしても、このクルマを世に出したかったというドイツの職人魂を感じる節もある。
大径タイヤの収めた足元は、専用開発のRSアダクティブエアサスペンションを備え、路面状況やドライブモード選択に合わせて、ダンパーの減衰力や車高を最適化。速度が120km/hを超えると、自動的に車高が10mm下がり、空力特性を向上させる。この臨機応変の優れたサスペンションの存在も、ワゴンが305km/hを出せる秘密のひとつ。当然、その速度域に見合うブレーキシステムも必須。もちろん、その点も抜かりはないが、試乗車には、さらに強力かつ耐久性に優れるセラミックブレーキが搭載されていた。
インテリアは、上級サルーンのA6がベースだけに基本的な部分は共通化され、装備も充実。ゆとりのある空間が確保されている。大きく異なるのが、シートがスポーツタイプに、メーター表示もRS専用仕様に変更されること。ただオーソドックスになりがちなミドルサルーン系でありながらも、デジタルなコクピットを特徴とするアウディだけに、その雰囲気は未来的で実にクール。スポーツシートも、過度にサイドサポートが張り出したデザインではないので、クルマに関心が薄い同乗者なら、単にスポーティなワゴンにしか映らないかも。
快適性も重視したつくりであることを示すように、オーディオはBang & Olufsen 3Dアドバンストサウンドステムが選択できる。これは19スピーカーを備える高機能システムで、昇降機能を持つフロントツィーターが特徴的なもの。一見、高性能なRS6アバントの性能には関係なく思えるが、これは高音質な音楽環境を実現できる静粛性の高いキャビンを備えている証拠ともいえる。後席も広々しており、大型テールゲートを備えるラゲッジスペースには、標準時で565Lを確保。後席を倒せば、荷室長は1978mmになるから、ワゴン性能にも手抜かりはない。
高揚感に満ちたV8サウンド
期待される走りは、どうなのか。その楽しみは、エンジンスターターボタンを押す瞬間から始まる。軽く唸るように目覚めるV8サウンドは、刺激的であり、高揚感に満ちたもの。電動化まっしぐらの時代に、本当に贅沢な体験をしていることをドライバーに教えてくれる。誤解がないように説明を付け加えておくと、エンジンサウンドも運転操作に必要な情報のひとつとして考えているため、快適性を損なわないように配慮しながら、そのメッセージをしっかりと伝えている。それでいて、滑るように公道に繰り出したRS6アバントは、驚くほど従順だ。しかも全長が4995mmもあるのに、取り回しも悪くない。
これはダイナミックオールホイールステアリングの恩恵。簡単に言えば、四輪操舵システムで、一般的には4WSとも呼ばれるもの。後輪に舵角を与えることで、小回り性を高める。これは高速域でも有効で、走行安定性の向上にも寄与する。この機能の良さは、駐車時も体感できること。大型車には本当にありがたい機能なのだ。トルクフルで滑らかな回転フィールを持つV8エンジンは、軽いアクセル操作で済むため、ゆったりと流しても快適。そして路面の衝撃はエアサスが綺麗に収めてくれる。その快適さは、とても305km/hでカッ飛ぶワゴンとは結び付かない。
その本性を暴くにはサーキットにでも出向くしかないが、今回は、素性を探るべく、まず高速へ。一気に車速をのせる必要のある合流時に、アクセルを強めに踏み込む。すると、体は軽くシートに押し付けられ、脱兎の如く猛烈な加速を始めた。ただその振舞いは、ウサギというよりも、サラブレッドが最適。鋭いが、芯にブレがないので、ドライバーを不安にさせない。しかし、一瞬で100km/hに達してしまうため、その快楽は一瞬の楽しみでしかないのだが……。
それでも高速走行で必要な加減速や追い越し加速のひと時だけでも、刺激的なV8サウンドと高い運動性能が味わえる移動時間は、クルマ好きにとって至福のひと時だ。それでも心の底では、このクルマをサーキットに連れ出したい誘惑にかられてしまうのも本音。普通に乗っているだけでも、ドライバーを魅惑するワゴンが、RS6アバントなのだ。そんなドライバーの葛藤を知らず、同乗者は快適な移動時間を過ごしているだろう。そんなオールマイティさもにくい。
こいつを例えるなら、スーパーマンかもしれない。普段は一般人に紛れているが、誰かに危機が迫れば、秘められた力を発揮する。普段のRS6アバントは、ビジネスエキスプレスや積載性を活かした週末のレジャーの御供として活躍するが、ドライバーとふたりでサーキット走行を楽しむこともできるのだから。その対価は、1764万円。オプションを含めると2140万円にもなる。これだけの予算があれば、ポルシェ911だって買える。そこを敢えて、アウディRS6アバントを選ぶ。もっとも只ものではないのは、オーナー自身かもしれない。
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