歴史ある名車の"今"と"昔"、自動車ブランド最新事情、いま手に入れるべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。本連載「クルマの教養」では、国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から、ためになる知識を伝授する!
ニュルブルクリンク"量産FF車"最速の称号
フランスの「ルノー」と聞いて、多くの日本人が最初に思い浮かべるイメージは、自動車ブランドよりも日産自動車の親会社かもしれない。1898年創業という由緒正しい自動車メーカーのひとつで、小型から大型の乗用車、商用バンまで様々なクルマを手掛けている。しかし、日本での年間販売台数は、6,000~7,000台規模とニッチな存在のため、新聞やニュースでの話題の中心は、日産の親会社としてのことが圧倒的に多いのが正直なところ。但し、今回紹介するルノー メガーヌR.S.(ルノー・スポール)は、日本のクルマ好きにとっては、とても重要な意味を持つモデルなのだ。
メガーヌR.S.は、Cセグメントモデル「メガーヌ」をベースとした高性能なスポーツモデルだ。その高性能ぶりを知らしめるべく、初代モデルより、世界で最も過酷なサーキットとして知られるドイツ・ニュルブルクリンクサーキット北コースでのタイムアタック(以下ニュル)を実施。初代モデルは、FF(※前輪駆動車)の量産車でのコースレコードを獲得。さらに2代目モデルでも記録更新し、FF最速の称号を高らかに掲げてきた。
そのチャンピオンベルトを狙って勝負を挑んだのが、なんと日本のホンダだ。4代目となるシビックタイプRで、ニュルに挑戦。見事に、メガーヌR.S.の記録を打ち破り、FF最速の王者に。もちろん、元王者メガーヌR.S.も指をくわえて見ているはずもなく、再び、王座を奪還。
その後、ドイツのVWゴルフGTIなどの参戦もあり、ニュルFF最速は、ホットハッチの頂点を意味する重要な冠となった。最新型となるメガーヌR.S.とホンダ シビックタイプRも互いを意識し、闘志を燃やし続けているが、コロナ過の影響により、ニュルバトルはお預けの状態に……。現時点では、メガーヌR.S.トロフィーRが、2019年4月5日に記録した7分40秒100が量産FF最速となっている。
質実剛健な進化を果たした新型
そんなFF最速の称号を持つメガーヌR.S.が、2021年初旬にマイナーチェンジを実施した。今回の改良では、ビジュアル的な変化は、小さな変更に留められ、メカニズムのアップデートが中心。まさにスポーツモデルに相応しい質実剛健な進化である。最大のポイントは、従来型ではハイチューン仕様だった上級グレード「トロフィー」のエンジンが、全モデルに適用されたこと。全車1.8L直列4気筒ターボエンジンを搭載するが、最高出力が+21psの300psに、最大トルクが+30Nmの420Nmに向上された。つまり、標準車の戦闘力が大幅に高められたのだ。今回の試乗は、その標準車である。
最新のメガーヌR.S.には、大きく標準車と「トロフィー」の2種類がある。上位のトロフィーは、乗用車としての快適機能に違いはないが、より足回りを強化したスパルタンな仕様であるため、よりストイックなオーナー向けといえる。このため、ATだけでなく、MTも選択できるのが特徴だ。一方、標準車は、全車ATのみ。足回りの設定も少し穏やかになるオールマイティモデルといえる。
試乗してみると、エンジンのパワーアップは、その数値以上に違いを感じる。より立ち上がりから、力が沸き上がるような雰囲気が強くなった。従来エンジンもスペックに不足なかったが、こちらの方が、数値の差よりも、力強さや加速感を盛り上げるエンジンの演出も強くなっているようなのだ。その特徴が最も現れるのが、排気系だ。新仕様のマフラーは、マフラーの内部にバルブを備えており、これを開閉させることで、サウンドや吹け上がりなどに違いが表れる。その切替は、ドライブモードである「ルノー・マルチセンス」で行え、標準設定となる「マイセンス」から「スポーツ」に変更すると、バルブが解放され、排気音が勇ましくなり、ドライバーのハートを刺激する。
アクセルオフでは、バルブが閉じるので、これまた特徴的なサウンドを奏でる。それらのサウンドが、今後、貴重となるガソリンエンジン車を走らせる満足感に浸らせてくれるのだ。足回りは、エンジンパワーの向上で少し硬めにセットされた気がしなくもないが、公式アナウンスはないため、不明。ただこれならば、まだ実用的で、助手席や後席からの不満の声も小さいはずだ。
これがトロフィーだと、少し声も大きくなるはず……。ただメガーヌR.S.のダンパーは、内部にもうひとつダンパーを備えることで、衝撃を緩和する機構が備わっている。だから、ゴツゴツしていても、不快となるドーンという衝撃を抑えることが出来る。これがファミリーカーにも化ける秘密なのだ。もちろん、これまでソフトなクルマに乗っていた家族には、単なるパパの購入の口実にしかならないかもしれないけれど。
ワインディングを走りながら、私は大満足。メガーヌR.S.は、ちょっとサイボーグ的なキャラもあり、モデルによっては、ターミネーターと呼びたくなるほど、速く走るためのマシンに仕立てられている。しかし、新型メガーヌR.S.の標準車は、速いだけでなく、ドライバーへの刺激と運転する楽しさを兼ね備えている。この他にも、マイナーチェンジ車の良さを挙げると、前期型の癖に感じた4輪操舵「4コントロール」の味付けも違和感が無くなったこと、そして6速DCTのATの自動変速もより賢くなったことが挙げられる。だから、飛ばさなくても、より運転自体を楽しめるモデルに成長したようだ。
魅力増の代償は15.9万円高のプライス
気になる価格は、従来型の15.9万円高の464万円。チューンナップだけでなく、ACCや衝突被害軽減ブレーキなどの先進安全装備など機能も追加されているので、まあ妥当な価格だろう。なぜ今回は価格にまで言及したのかといえば、これが最後のメガーヌR.S.となると思われるからだ。
2021年に、ルノーは新戦略を発表し、電動化の道を推し進めるだけでなく、復活させたスポーツカーブランド「アルピーヌ」を将来EVハイパフォーマンスブランドに切り替えることにも言及。そして、今後、ルノーのスポーツブランドのアイコンをアルピーヌに切り替えることも発表した。既にF1チームも「ルノー・スポール」から「アルピーヌ」に変更済みであり、しかも先日5月10日、メガーヌR.S.の開発製造を請け負う「ルノースポールカーズ」は、「アルピーヌカーズ」に吸収されている。
今後も、何らかの形でスポーツモデルは提供されるだろうが、R.S.の名が使われることはないことを意味する。事実上、これが最後のルノー・スポールとなりそうなのだ。ピュアエンジンの面白さを味わえる最後のメガーヌ。まさに欲しいなら、今がラストチャンス。私自身、電動化の未来を悲観しているわけではないが、古い価値に別れを告げるタイミングが近づいているのも確か。人生経験のひとつとして、ピュアエンジンのスポーツカーを最後に楽しむことは、決して悪いことではないはずだ。