歴史ある名車の"今"と"昔"、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。本連載「クルマの教養」では、国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から、ためになる知識を伝授する!
セダンのワゴン版という枠には収まらない変わり種
セダンの走りとワゴンの実用性を兼ね備えたステーションワゴンは、かつて日本でも高い人気を誇ったが、今や国産モデルは絶滅の危機にあるといっても過言ではない。しかし、欧州では、未だ愛好派が多く、様々なステーションワゴンが存在する。特にドイツ製セダンには、そのステーションワゴン仕様が用意されることが多い。ただ今日の主役は、単なるセダンのワゴン版という枠には収まらない変わり種のひとつ。それが「アウディRS 4アバント」だ。
アウディRS 4アバントは、ステーションワゴン「アウディA4アバント」の最上級グレードかつ、最も高性能なグレードでもある。まずは、その冠となる「RS」について説明しよう。RSは、ドイツ語で「レン・シュポルト」の頭文字。英語で言えば、「レーシング・スポーツ」となる。いわゆるモータースポーツで培われた技術が投入された高性能モデルで、サーキット走行までを共用するスーパーモデルなのだ。一般的には、アウディの高性能モデルは「S」シリーズが有名だが、さらに上位に位置するのが、「RS」となる。因みに、「S」は、"スポーツ"を意味する。これらの高性能モデル群のフラッグシップがスーパーカー「R8」なのだ。
RSシリーズに話を戻すと、現在は、エントリーとなるコンパクトハッチの「RS 3スポーツバック」から、フラッグシップSUV「RS Q8」までの幅広い車種を揃える。その中には、RS 5クーペやTT RSクーペのような2ドアクーペも含まれるにも関わらず、RS 4アバントは、RSのアイコンと呼ばれる。なぜステーションワゴンが特別な存在であるのか。それはRS誕生の歴史を紐解く必要がある。
RSを名乗った最初のモデルが登場したのは、1993年のドイツ・フランクフルトモーターショーでのこと。アウディは高性能な限定モデルを企画し、お披露目した。それが「アウディRS 2アバント」であった。中核モデルであった「アウディ80アバント」をベースに生みだされたスポーツワゴンで、2.2L直列5気筒ターボエンジンに、アウディのお家芸の4WD「クワトロ」を組み合わせた。6速MTで操る、この小排気量ターボ車でありながらも、最高出力315ps、最大トルク410Nmを発揮。まさにとんでもないワゴンであった。
この車両の開発と製造にポルシェも参加したことも、その名を高める重要なエピソードのひとつだ。1994年に市販化されたRS 2アバントは、限定数を上回る生産を行っており、大人気であったことが伺える。ベースとなったアウディ80は、のちにアウディA4へと発展。そのため、最もRSの歴史を色濃く残すのが、このRS 4アバントというわけなのだ。
450ps/600Nmを叩き出すV6ツインターボ
最新型RS 4アバントには、ド派手なエアロパーツが備わらないので、ノーマルのA4アバントに近い存在にも思えるが、それは、RSの本性を隠す手段に他ならない。注意深く観察すると、20インチもの大径タイヤを収めるために、フェンダーアーチが膨らみを増し、よりワイド化されていることがわかる。収められた20インチアルミホイールの裏には、やはり大型のブレーキローターとキャリパーがセットされ、高出力エンジンの存在を匂わせる。テールエンドもクールなデザインに纏められているが、下部に備わるテールパイプは、やはり大口径のものに変更されている。
ボンネットの下に収まる2.9LのV6ツインターボエンジンは、最高出力450ps、最大トルク600Nmを発揮。参考までに、走行性能のデータを示しておくと、0-100km/h加速が4.1秒。最高速度250km/hが謳われている。トランスミッションは、8速ATで、ハイパワーを余すことなく路面に伝えるアウディの4WD「クワトロシステム」も備わる。
コクピットは、スポーツシートやスエードのステアリング、専用デザインのメーターパネルなど専用装備が加わるものの、基本的な操作や装備は、A4と同様。スターターボタンをプッシュし、ATレバーをドライブにシフトすれば、走り出す。先日のマイナーチェンジで、ベースのA4もかなり良くなったが、その美点が新型RS 4アバントにもしっかりと受け継がれていることはすぐに理解できた。それが静粛性の高さに加え、ドイツ車らしい味も蘇ってきたことだ。ドイツ車の味とは、ちょっと曖昧な表現だが、最もわかりやすいのは、運転に必要なインフォメーションがドライバーにしっかり伝わることだろう。だから運転もしやすい。
さらにいえば、大口径タイヤと専用のスポーツサスペンションを備えながらも、乗り心地だって悪くない。意外にも、自己主張の強そうな専用エンジンも、必要最小限で心地よいV6サウンドを響かせる程度。かなり大人なクルマなのだ。もちろん、アクセルを強く踏み込めば、V6ツインターボの本性が顔を見せるが、そこに荒々しさはなく、あくまでクールに振る舞ってくれる。しかし、その大人な振舞いが、私の勘違いを生むことになる。やはり、ステーションワゴンなのだから、スペックよりも大人しいクルマなのではないかと……。
その予想は、ワインディング(峠)に持ち出したところで、見事に裏切られ、私の浅はかさを反省した。平地では、高級セダンの顔を見せてくれたRS 4アバントの本領が、いよいよ発揮されたのである。アップダウンといくつものコーナーが組み合わされた峠を、RS 4アバントは、持ち前の力強さでグイグイと進んでいく。
しかし、それは重量級の高性能車というよりも、まるで軽量なスポーツカーのように身軽なのだ。もちろん、車重は、1.8トンもあるのにも関わらず。しかもドライバーへのインフォメーションをしっかりと伝達されるので、運転に不安を感じさせないのだ。さらに自慢の4WDシステムは、路面に吸い付くような安定した走りでサポートしてくれる。峠を走り抜けた時には、私はRS 4アバントとの一体感を楽しんでいた。こんな面白いワゴンは、そうはないだろう。
アウディRS 4アバントは、まさに変幻自在のクルマだ。大切な誰かを乗せている時は、高級セダンになり、ショッピングやビジネスシーンでは、ワゴン車としても活躍。そして、ひとりでドライブを楽しみたいときは、スポーツカーとして振る舞ってくれるのだから。
そのために必要な対価は、1250万円なり。しかし、高価なステーションワゴンとスポーツカーを2台購入することを考えれば、かなりお買い得ではないか。そんな都合の良い考えも浮かんでしまうほど、アウディRS 4アバントは、乗り手を夢中にさせるワゴンなのである。