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ART

2022.10.04

アートと過ごす時間を買う。直島に行くべき価値とは?─アートというお買い物

絵を買うとか、古美術品を手に入れてみるとかそういうことばかりじゃない。わざわざある作品を見にいくためにする旅行だって、あるいはアートがくれる力を感じるためにその場所に滞在することも、一つの買い物(消費行動)でしょ。その最も良い例として、世界でも稀なアートサイトである「直島」と、そこで過ごすことについて紹介しよう。連載「アートというお買い物」とは……

ベネッセハウス

杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景、2022年 撮影:森山雅智

アートと夜を過ごし、朝を迎える

簡単に説明すれば、直島というのは瀬戸内海に浮かぶ島で香川県と岡山県の間に位置し、行政区分では香川県で、交通なら岡山県が便利。最初、キャンプ場などがつくられ、現在では周辺の島々も含み、ベネッセアートサイト直島として世界的に有名である。瀬戸内国際芸術祭が3年に1度のペースで開催されている。

世界に誇る現代アートの島々も今では拡張しすぎて、直島だけでも1日では見切れない。それに加えて、豊島(てしま)や犬島といったそれぞれの島がそこでしか見られない、味わえないアート体験をもたらしてくれる。この地域を満喫するためには数日かかる。

しかも、島に滞留して、夜を過ごし、朝を迎えることで経験できることがたくさんある。島の自然に触れるためには当然だが、日中では満喫できないアート作品もあるし、時間によって、表情を変え、見る者に与えてくれるものを変える作品もある。現代アートを自然の中に置こうと考えた人がいて、普通の街中の美術館やギャラリーでアートを見ているだけでは感じられないことがあることを示してくれたのだ。

ベネッセハウス外観

ベネッセハウスは安藤忠雄の設計で、1992年に建てられた美術館とホテルが一体になった建築物。自然とアートが融合する象徴的ポイントだ。収蔵している作品やこの建物のためにアーティストが制作したサイトスペシフィック・ワークを展示している。
写真:山本糾

オーバルスイート客室

ベネッセハウス ミュージアムから軽モノレールで高台に移動したところにあるのが、オーバル。そのスイートルームの壁に描かれた円は、英国出身のランドアート作家リチャード・ロングの壁画作品。スイート以外の各客室にもそれぞれのアーティストの作品が掛かっている。

美術館とホテルを1つの建物につくってしまう。この建物を美術館としてだけ訪れた人には普通に美術館だが、この建物に宿泊している人には特別の体験が待っている。

美術館の中に泊まってるとも言えるし、ホテルの中に、有名アーティストの作品がたくさん置かれていて、館内を歩くことはそれを鑑賞することになる。ホテルだから、夜中誰もいない時間を狙って、独占的に作品鑑賞することだってできる。

ベネッセハウス ミュージアム

美術館に展示されているリチャード・ロングのランドアート。世界中の土地を歩き、歩行のメモを記録したり、石などの自然物を円形に配置する作品で知られるが、ここ直島では拾った流木を屋内に円形に並べている。
リチャード・ロング"瀬戸内海の流木の円"/"瀬戸内海のエイヴォン川の泥の環"
写真:山本糾

世界中のアートファンが羨むような作品を結集させただけじゃない。自然とアートが共存し、高め合うことに成功しただけでなく、アートのためにする旅の楽しみまで具体的、体験的に教えてくれるのだ。

そんな体験をさらに特別なものにするべく、2022年また展示施設がいろいろと充実した。一つはホテル「ベネッセハウス パーク」に「杉本博司ギャラリー 時の回廊」が完成したこと。もともと現代美術作家、杉本博司の作品をいくつか展示してあったスペースをさらに拡充し、作品が増えている。

まず、ヴェネツィア建築ビエンナーレで発表され、その後、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿のプラ・フォン池に、そして3か所目として、京都市京セラ美術館の庭にも設置された《硝子の茶室「聞鳥庵」》があるが、それが「ベネッセハウス パーク」屋外の水盤に設置された。

《硝子の茶室「聞鳥庵」》

イタリア、フランス、京都、それぞれのしつらえで、その魅力を存分に発揮した展示のあと、この地に落ち着いた《硝子の茶室「聞鳥庵」》。通常、茶室には花と掛け物が用意されるが、ここでは、直島の風景が掛け物になり、四季の植物が茶花になる。
Hiroshi Sugimoto, Glass Tea House “Mondrian”, 2014 (c) Hiroshi Sugimoto, Photo: Sugimoto Studio
The work originally created for LE STANZE DEL VETRO, Venice by Pentagram Stiftung

アーティストとしての活動初期から手がける写真作品や、「ジオラマ」「劇場」「海景」「建築」シリーズの大判作品が展示され、加えて《華厳の滝》《松林図》も掛かる。さらに近年発表された「On the Beach 」シリーズやアイザック・ニュートンの理論に基づき、太陽光を分光し、光から取り出した色そのものを撮影した「Opticks」シリーズも展示。この場所は世界で最も多く杉本作品を常設で鑑賞できる場となった。

ここにしかない「光の棺」という光の彫刻作品ともいうべき立体、また、数式から導かれた「観念の形」シリーズからの立体作品、島内の家プロジェクトの一つとして杉本が手がけた「護王神社」の模型もあるし、ラウンジスペースでは神代杉など古代の巨木を用いた家具彫刻がテーブルに使われているなど、空間そのものを贅沢に仕上げている。この杉本ワールドが凝縮したようなギャラリーを杉本は「時の回廊」と名付けた。一貫して、時間の観念を作品として昇華してきた杉本らしい命名だ。その世界を逍遥したい。

一般客の鑑賞時間は11:00〜15:00(最終入館14:00)だが、宿泊すればさらに特別な鑑賞体験が実現する。たとえば、天気の良い夜にラウンジから《硝子の茶室「聞鳥庵」》を眺めれば、その先には瀬戸内海を行く船、さらに先には遠く高松の街の明かりも見ることができるのである。また、一般の鑑賞チケットに含まれている「呈茶」(お茶とお菓子)は、別途有料にはなるが、チケットが不要な宿泊客にも同様に供される。

ラウンジ

ラウンジにあるガラステーブルやカウンターは《三種の神樹―神代杉》《三種の神樹―屋久杉》《三種の神樹―栃の樹》で、杉本と榊田倫之が主宰する新素材研究所によるデザイン。壁には杉本の「Opticks」シリーズ。
杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景、2022年 撮影:森山雅智

夜のラウンジ

宿泊者のみが体験できる夕闇のラウンジ。「Opticks」シリーズは赤(020)、緑(080)、青(073)、つまりRGBが揃っている。
杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景、2022年

杉本博司《松林図》《光の棺》」

長谷川等伯の国宝《松林図屏風》の杉本による本歌取り、皇居外苑のクロマツを撮影した《松林図》(左隻)。手前下にある大きな光の直方体は立体作品《光の棺》。
杉本博司《松林図》《光の棺》 写真:杉本博司

新施設が続々誕生。拡大し続ける直島

2022年オープンしたもう一つの施設が「ヴァレーギャラリー」だ。建築は安藤忠雄が手がけた。その名のとおり、谷間に建つ展示施設。谷はしばしば、境界、聖域ととらえられてきた。安藤はそんな土地に祠のような建物、「小さくとも結晶のような強度を持つ空間をつくろうと考えた」という。谷という地形に沿っているため、内省的な一面もあるが、その反面、開口やスリットをもつ「閉じてない建築」ゆえ、光や風という自然の力を妨げない。

この建物の内外、前庭と池に無数のミラーボールが敷き詰められるように置かれている。それぞれのミラーボールは周囲の景色や覗き込む人を映し、お互いのボールを映し合う。これは前衛芸術家、草間彌生の《ナルシスの庭》である。無機質の金属の球が自然や鑑賞者を水滴のように、あるいは細胞のように取り込み、全体ではまるで大きな生命体のような錯覚を起こさせる作品だ。

小沢剛の《スラグブッダ88》もヴァレーギャラリーの池辺にずらりと並んでいる。直島に残る八十八の仏像の姿を再現したものだ。素材が面白い。不法に投棄された産業廃棄物を焼却処理し、最終的に残ったスラグ(不純物)を固めたものだという。仏像という人々の祈りの対象を、再生・再利用を目指す素材が形づくっている。その奥深い結びつきの意味や有益さを考えさせられる。

ヴァレーギャラリー

安藤忠雄はこれまでも寺や教会などの宗教施設を設計してきたが、この《ヴァレーギャラリー》は展示施設でもあり、祈りのための建築にも見える。あえて密閉せず、光やときに風や雨も感じられる。室内にも草間彌生《ナルシスの庭》の作品の一部が置かれている。
「ナルシスの庭」草間彌生 1966/2022年 ヴァレーギャラリー ©YAYOI KUSAMA 撮影:森山雅智

ヴァレーギャラリー外観

《住吉の長屋》《光の教会》という名作をもつ安藤忠雄が、その延長線上にもたらした新たな名作建築といえる《ヴァレーギャラリー》。それらは用途の違う3つの建築だが、安藤のシグネチャー的な作品となっている。
撮影:森山雅智

こちらは直島・宮ノ浦地区に2013年に設置されたギャラリーで「宮浦ギャラリー六区」という。もとは島民の娯楽の場の一つ、パチンコ店だった建物を活かし、建築家の西沢大良が展示施設として設計した。2019年9月より、アーティスト・下道基行によるプロジェクト《瀬戸内「   」資料館》が始まっている。これは直島を中心とする瀬戸内海地域の景観、風土、民俗、歴史などをテーマとする新しい資料館をつくる運動体的なプロジェクトとして続けられている。

《瀬戸内「   」資料館》

《瀬戸内「   」資料館》のエントランスの内側から外を見ている。もとはパチンコ店だった建物のファサードには漂流してきたプラスティック製のライターがインスタレーションのように並んでいる。
宮浦ギャラリー六区エントランス 撮影:小川重雄

この「   」にはその時々のテーマが入るが、現在は《瀬戸内「中村由信と直島どんぐりクラブ」資料館》。直島生まれ、岡山在住の写真家・緑川洋一に師事し、1955年に上京し写真家として活躍した中村由信と写真団体「直島どんぐりクラブ」がとらえた瀬戸内で生きる人たちの姿が活写されている。中村の写真集には、鯛網の網元、お産婆さん、郵便屋さん、世話焼きお婆さん、医師らが写っている。

《瀬戸内「   」資料館》の内部。

《瀬戸内「   」資料館》の内部。展示スペース、レファレンススペース、アーカイヴシェルフが一体になっている。建物の奥部分は現在さらに改装が進み、秋会期に公開した。 ※写真は2021年~瀬戸内国際芸術祭2022春会期まで公開していた≪瀬戸内「鍰(からみ)造景」資料館≫。
撮影:宮脇慎太郎

さて、まだまだ一部しか紹介できていないのだが、直島と周辺の島々で展開されているベネッセアートサイト直島。知れば知るほど、足を運べば運ぶほど、その濃密さ、魅力に気づくだろう。自然もアートも、さまざまな多くのものを発信し、与えてくれる。受け止めるわれわれ鑑賞者がどれだけ多く、しかも感度良く受信できるか。滞在できる時間の長さと充実度が比例するだろう。そして、ここで得た体験はこの場所を離れてもきっと自分の中で育っていくので、繰り返し訪れるのもお薦めしたい。

想像もできなかった経験をさせてくれる場所、時間。感動やそこから自分の中で育っていく何か。そういうものに投資するのは、もしかしたらいちばん贅沢な「アートという買い物」ではないだろうか。

ベネッセハウス
住所:香川県香川郡直島町琴弾地
TEL:087-892-3223
交通:宮浦港からクルマで約10分
部屋数:65室
館内設備:レストラン、ラウンジ、バー、スパほか
料金:¥32,670~(2名1室/1泊。税・サービス料込み)

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

過去連載記事

■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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TEXT=鈴木芳雄

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