神保町の一等地にあり、戦前から多くの文人や研究者が頼りにしてきた名門古書店「小宮山書店」。現在は海外の美術ファンや美術館学芸員や写真史研究者たちにとって、目の離せないスポットとなっている。連載「アートというお買い物」とは……
美術書、写真集、ファッションの貴重な資料が山積み!
神保町の小宮山書店といえば、1939年創業の名門古書店である。古書店が軒を競うこの街のなかでも、角地にあり、街の要でもある。もともとは歴史、文学、哲学、宗教などを扱う老舗で、今もたとえば三島由紀夫とその周辺の文献には圧倒的な強みがある。
その小宮山書店だが、現在は美術書、写真集、ファッション関連書籍が棚を埋めて尽くしている。古くからの神保町を知る人が久しぶりに訪れると驚くかもしれない。このスタイルになって、およそ20年、ほぼ5年ごとに大きく変えていったとのことだ。
三代目のオーナー、代表取締役の小宮山慶太さんに話をうかがった。
「僕自身、美術を学んだので、絵を描いたり、立体を作ったりするのが好きでした。仕事を始めたてのとき、当然、最初は文学書などを扱っていたのですが、果たしてそういう本は自分の友だちに売れるだろうかと考えたんです。そして、彼らが買いたいと思うもの、僕自身の好きなものを扱いたいということで少しずつこういう風になっていったんです」
写真集を扱うようになると、芸術分野はもちろんだが、やはりファッションと写真は密接な関係にあり、ファッション関連の書籍やファッション雑誌、各メゾンによるオリジナルの出版物や販促物も売り物として集めるようになった。
写真集の品揃えは日本では有数である。アンリ・カルティエ=ブレッソン『ヨーロピアンズ』はジョアン・ミロによる装丁で有名だ。ロバート・フランクの『アメリカンズ』は各国版を扱っている。日本の出版物では、アサヒカメラの創刊号(1926年)もある。ブラッサイの『PARIS DE NUIT』(夜のパリ)の最初のバージョンも。ブラッサイは岡本太郎と親交があったことでも知られる。
文学から写真芸術にビジネスの中心をシフトしていくと、ビジネスがインターナショナルになっていった。ウェブサイトを介しての取引や、海外のアートフェアにも積極的に進出していった結果、世界中のキュレーターやマニアから「小宮山書店」は「KOMIYAMA TOKYO」として知られるようになる。
近年はテートモダンなどの有名美術館が日本の写真やその資料を集めたり、英国の写真家でフォトジャーナリストのマーティン・パーが日本の写真集を積極的に紹介したりして、日本の写真芸術の実力が世界レベルで認識されたことも追い風になっている。
小宮山さんは語る。
「三島由紀夫の『薔薇刑』(1963年)を見ていて、あらためてすごくいいと思ったんです。写真家が細江英公さんで、森山大道さんがアシスタントを務めています。『新輯版 薔薇刑』(1971年)の方の装丁は横尾忠則さん。そういう繋がりもあり、現在、森山さんや横尾さんの写真集、作品集を扱っていますが海外からの問い合わせも多い作家の方々です」
多くの美術書に混じって、オリジナルプリントなどの作品や貴重なポスターも扱っている。ウィリアム・クラインが撮影した若き日のカシアス・クレイ(モハメド・アリ)の肖像にクライン自身がハンドペインティングしたもの。エリオット・アーウィットが撮影したこれも若いチェ・ゲバラの写真。
日本の写真家も数多く扱い、森山大道、荒木経惟のオリジナルやホンマタカシのエディションものもここでは手に入る。
アートブックや美術品に加え、興味深いのはファッション雑誌のバックナンバーやファッションブランドやメゾンによる販促用のポスターやカタログ、チラシも買えること。コム・デ・ギャルソンやヨウジ・ヤマモトが一流の写真家、グラフィックデザイナーと作成したカタログやポスターはファンならぜひ入手したいもの。
そして、最近だが小宮山書店と駿河台下、明治大学の中間に新しくギャラリースペース「KOMIYAMA TOKYO G」をオープンした。ここでアーティストのオリジナル作品の展示やサポートをしていく。これまで収集してきて、店よりも広いギャラリースペースで展示すべく、この時を待っていた貴重な作品群もいくつかある。海外発行のある有名な写真集を制作した際、原稿になったプリントやレイアウトの指定紙がそのままセットで出てきた例もある。今後はこちらのギャラリーにも注目である。
小宮山書店
住所:東京都千代田区神田神保町1-7
TEL:03-3291-0495
営業時間:12:00〜18:30(日曜、祝日は〜17:30)
定休日:火・水曜(臨時)
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。