昨今よく耳にするNFTアート。無名に近いアーティストの作品に高値がついたり、しかもその作品が、実態のないデジタル作品であったりと、構造は理解できても、既存の感覚からすれば不可解な部分も多いジャンルだ。そんななか、アーティスト集団Chim↑Pom from Smappa!Groupが、2022年5月末に閉幕した展覧会で展示した作品を“区画販売”すると発表。その構想は、従来のNFTアートのイメージを覆す異質なものだった。美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が、”買う”という視点でアートに切り込む連載第6回。 【連載 アートというお買い物】
サイバー空間の「土地」を区画売り
森美術館「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」が2022年5月末で閉幕した。最終日ころは予約がいっぱいで、入場待ちの列ができる盛況ぶりだった。
展覧会会期中に作家名をChim↑Pom からChim↑Pom from Smappa!Groupに変えたが、彼らは2005年に結成されたアーティストコレクティブでメンバーは6人。その活動17年間を見渡し、150点もの作品を展示する、回顧展的な形式だった。もちろん彼らの活動は今後も続いていく。
社会問題や世界情勢を前に独自の発想と方法でコミットする。具体的には都市に生きること、日本社会の諸問題、過去と現在の戦争、震災などの災害、現代のセレブ像などと関わった作品を発表し続けてきた。
そんなChim↑Pom from Smappa!GroupがNFT作品を発表し、販売するというので取材してきた。
作品名は《MICHI NO TOCHI》といい、森美術館「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」で展示した《道》(2022年)の作品をまるで土地を分譲するように切り売りするというもの。もちろん実際の土地ではなく、サイバー空間に設定された「土地」である。
そもそも、作品《道》は実際にアスファルト舗装した道路を美術館に持ち込んだ作品だった。展示室を2層に分け、その上層階に作られた。道ゆえに公共の場所という性格づけで、さまざまに使われ、予期せぬ形で育っていく場所だった。
パーティもやったし、バンドが来たり、ダンサーが踊ったり、マッサージ師が路上マッサージをしたり、占い師が客待ちをしたりということが行われた。
それを仮想の土地と見立て、区画を区切って、販売したのだ。美術館での展示とはいえ、通常の舗装工事をし、展示の会期が終わったら、壊され消えていく(アスファルトや構造物は再利用される)。しかしサイバー空間になら、作品を永遠に留められるというものだ。
これまでもそういうものは、アーティストや美術館の記録として残されてきたことはあるかもしれないが、区分所有の形で多くの人が持ち合うというのは新しい。それも、近年、急激に発展してきたブロックチェーン技術を活用した、芸術作品やデジタルコンテンツなどの新しい所有形態であるNFT(non-fungible token = 代替不可能なデータ単位)を活用して可能になった。
ブロックチェーンやNFTそのものの詳細な説明はここでは避けるが、ごく簡単に言うと、アート作品の新しい所有形態、もっと言えば、アーティストとコレクター(作品所有者)の新しい関係と言っていい。デジタルの証明書が発行されることで、作品の来歴、所有者の変遷、所有権移転の際の条件などが設定される。これはNFTが紹介されるとき、よく話題となるが、転売の際に作者にもロイヤリティが支払われるというものがある。ただし、条件による。
それを分散型のプラットフォームに記録し保持することで、計算力の総和も大きいし、万一のサイバー攻撃などにも強い。
今回の《MICHI NO TOCHI》では、NFT化された《道》を110の区分に分け、それぞれに各所有者を持つことになる。
Chim↑Pom from Smappa!Groupのメンバー、林靖高さんは言う。
「道はアスファルトで舗装しただけでは道にはなりません。そして、使い方によって個性が変わる。僕らが森美術館に作った道もあの道ならではのものにするために、期間中『道を育てる』作業をやり続けました。高層ビルの最上階でしかも美術館の中であるという制約のなか、しかしそれすらも個性になるような。オリジナルの道になるよう『道を育てる』作業こそが、この作品の制作の全てです。
会期が終わり道は物理的に無くなりましたが、NFTで販売することで『道を育てる』作業が続けられるといいなと。メタバース上で更に育ったり? 都市開発、不動産業が主な森ビルが運営している美術館の中の『道』なのも育て甲斐があるかなと」
展覧会はアーティストと美術館が作り、観客はそれを見にいくだけだったが、その形態が変わろうとしているのかもしれない。観客も客体から主体へと転換する画期的な動きが出てきているとも言える。
「森美術館で展示した《道》がお祭り感覚で終わってしまうだけではちょっと勿体無いというか、違和感があったので、こういう形でずっと残っていたり、概念的にだけれど生き続けるのはいいと思うんです」(林さん)
この《MICHI NO TOCHI》、取材時点(6月初頭)では3分の1ほどが予約で埋まっていた。先着順に希望の場所を選ぶことができる。マンホールのある場所がいい、とか、番号(たとえばゾロ目がいいとか)、各人思い思いに判断できる。そして、購入者には、区画ごとの”住所”が与えられる。
厳密な条件の設定などが進められている途中で、すべて仮とか予定という前提で言うと、取引に使われる暗号資産は「ポリゴン:Polygon(MATIC)」。これはNFTではメジャーなイーサリアム(Ethereum)よりもガス代(取引を行う際の手数料)が安価なのが特徴。この作品を予約する際の代金の目安としては仮に分かりやすくドル建てで、900ドルとされている。
Chim↑Pom from Smappa!Groupの作品取り扱いギャラリーANOMALYの一角には、まるで宅地分譲かマンション分譲の商談スペースのような設えが作られていたのも、いかにも彼ららしく、笑えた。さて、興味のある方、ぜひ、お問合せ、ご購入を検討してはどうだろうか。
Chim↑Pom from Smappa!Group
卯城竜太・林靖高・エリイ・岡田将孝・稲岡求・水野俊紀により、2005年に東京で結成されたアーティストコレクティブ。時代のリアルを追究し、現代社会に全力で介入したクリティカルな作品を次々と発表。世界中の展覧会に参加するだけでなく、独自でもさまざまなプロジェクトを展開する。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
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