各地の特徴を活かしたガストロノミーと、選び抜かれたワインのペアリングを提供する星野リゾート。その食体験をレポートする短期連載もこれが最終回。有終の美を飾る目的地は食の宝庫・北海道。その中央に位置する「星野リゾート リゾナーレトマム」では、“旅x農業”をテーマにした農業プロジェクト「ファーム星野」を展開。広大な敷地内で牛を放牧飼育し、搾乳したミルクをホテル内で提供したり、チーズなどに加工している。実に北海道らしい、スケールの大きな食体験となった。【過去の連載記事】
展望ジェットバス付の絶景タワーホテル、牛が草を食むファームエリア
北海道のちょうど真ん中あたりの山間部にある占冠(シムカップ)村。ここにスキーリゾートが誕生したのは1983年のこと。その4年後、映画『私をスキーに連れてって』が公開され、空前のスキーブームが到来した。映画の舞台は志賀高原や万座温泉だったけれど、リアルにブームを経験した世代にとって、ゲレンデの麓にタワーホテルがそびえ立つトマムはまさに憧れ。その運営を2004年から引き継いだのが星野リゾートだ。
タワーホテルは4棟あり、リゾート開発の初期に建てられたツインタワーが「トマム ザ・タワー」。そこからやや離れた位置にある、90年代初めに完成した全室スイートルームのツインタワーが「リゾナーレトマム」となっている。後者は32階建て、1フロア4室のみ、1部屋あたりの広さ100平米という贅沢なつくりで、雄大な景色を満喫しながら疲れを癒せる展望ジェットバスまで備わっている。
広大な100ヘクタールのファームエリアでは牛を放牧。それについては後ほど詳しく。
そして、各種あるレストランのなかでもハイエンドな料理を提供するのが、リゾナーレトマムのサウス棟31階にある「OTTO SETTE TOMAMU(オット セッテ トマム)」だ。本連載ではすでに八ヶ岳と那須のOTTO SETTEを取り上げてるが、トマムもベースはイタリア料理。那須はイタリア中部のトスカーナ地方にインスパイアされた料理だったのに対し、こちらは気候風土の類似性からピエモンテ風というのも興味深いところである。
コンセプトは「カレンダリオ・ガストロノーミコ(美食のカレンダー)」。北海道は3つの海に囲まれている上、大雪山系、日高山脈など複雑な地形をしているので、気候特性が地域ごとに異なる。そのため、生産物やその収穫時期も地域ごとに大きな隔たりがあるそうだ。その時期にその地域でもっともおいしい食材を用いて、料理に仕上げる。それがカレンダリオ・ガストロノーミコというわけだ。
北海道の素晴らしい素材を最大限生かす
2022年10月31日まで提供されるOTTO SETTE TOMAMUの秋限定ディナーコースは、カニやエゾ鹿など、この時期ならではの食材を用いた8皿で構成されている。調理前の食材、とくに鮮度が重要な魚介類を見せてもらったが、これがすごい。生のタラバガニに殻付きのままのウニにホタテ貝、キンキも鮮度抜群で脂がたっぷり乗った釣りものだ。
「北海道は素材に恵まれた土地です。とくに高級魚介類の宝庫で、そのなかでも選りすぐりの食材を使っています。イタリア料理のよさは余計な手を加えないこと。ソースや調理法に頼らず、素材そのもののおいしさを提供できます」
……と語るのは、2019年から料理長を務める武田学シェフ。食前のフランチャコルタ(ロンバルディア州産のスパークリングワイン)とともに出された小前菜は、一見寿司と見紛うばかり。ウニ、イクラ、マグロと北海道を象徴する海の幸が3品並ぶ。まるで軍艦巻きのようなウニの海苔の部分はじつは貝を使ったペーストで、シャリは百合根のペーストという凝りようだ。
冷前菜の「海の幸を詰め込んだテリーナ」も素材の持ち味を生かした1品。ボタンエビ、ホタテ貝、エゾアワビ、氷頭なます、ジロール茸、トランペット茸、インゲン、パプリカなどなど、なんと13種類もの魚介類とキノコ、野菜を縮緬キャベツで包み込み、余分な水分を抜くため丸1日かけてプレス。これを橙のジュレとともにいただくのだが、素材ひとつひとつの味がはっきり感じられながら、全体のハーモニーが乱れない。素材が地のものばかりという、テロワールのなせるわざだろう。
素材の発掘にも熱心な武田シェフ。パスタはタヤリンというピエモンテ名物の手打ちパスタだったが、これに使われる小麦粉は、留萌の「ルルロッソ」という超強力粉だ。
「イタリアのデュラムセモリナに成分が近く、イタリア産の小麦粉にひけを取りません。地元のものだから鮮度も高いし、土地の水ともよく馴染みます」という。
他のOTTO SETTEと同様、ワインペアリングコースも用意され、計7種類のワインがサーヴされる。料理の方向性に合わせて北イタリア産を中心に、最近、日本ワインのなかでも急激に注目を集めている北海道産を挟む構成だ。
サービスマネージャー、福本遥子さんを中心に決めたというラインナップはある意味正統で、これまでの星野リゾートのレストランで登場した東欧の知られざるワインや、ヴァン・ジョーヌのような酸化熟成タイプなど飛び道具はない一方、希少な北海道産ワインがワイン通のマニア心をくすぐってくれる。
「カニのタヤリン」に合わせたル・レーヴ・ワイナリーの「MUSUBI2021」は、8種類のブドウ品種をひとつのタンクで同時に発酵させた白ワインで、どの国の、どの品種とも似たところのない独自の世界観を持つ。カニというフレーヴァーの強い素材でも、ワインのエキゾチックな風味がうまく調和。ピリ辛のペペロンチーノともきれいに同調した。
もう1本の北海道産ワインは岩見沢にあるイレンカ・ヴィンヤードの「イレンカ ピノ ノワール2020」。これは今や自然派の重鎮として知られるフィリップ・パカレのブルゴーニュを彷彿とさせる出来で、色は明るくやや黄昏ているのに、味わいは複雑にして旨味たっぷり。「キンキのヴァポーレ」」という魚料理に赤は、正直どうか?と思ったが、赤といってもいわゆる薄旨系のうえ、トマトウォーターとツブ貝の出汁からとったスープがこれまた旨味たっぷり。旨味と旨味の共演が味わえた。
渾身のノンアルコールドリンク・ペアリングも
じつはOTTO SETTE TOMAMUで、ワインペアリング以上に力を入れているのがノンアルコールドリンクとのペアリングだ。考案者はマネージャーの福本さん。導入の理由をこう語る。
「コロナでアルコールの提供が制限されたこともありますが、アルコール類を飲めないお客様にもペアリングを楽しんでいただけたらと思ったのがきっかけです」
たしかに、4人で食事に来て、3人はワインとのペアリングを楽しんでいるのに、ひとりだけ飲めないからと水だけでコースを通すのはなんとも寂しい。
ノンアルコールドリンクの例を挙げると、「カニのタヤリン」にはリンゴとレモンをコールドプレスし、カレー粉で風味づけしたドリンク。「MUSUBI」のアロマをイメージするとともに、カレー粉のスパイシーさで複雑みを表現した。温前菜の「エゾ鹿サルシッチャのストゥファート」に合わせたワインはバルベーラとネッビオーロをブレンドしたランゲ・ロッソだったが、ノンアルコールはスパイスを浸漬した液体にチーズ作りの副産物であるホエー(乳清)を加え、炭酸で割ったドリンク。スパイスはブラックペッパー、クローヴ、馬告(マーガオ)、スターアニス、ジュニパーベリーなど。サルシッチャのスパイシーさや鹿肉の野生味に合わせている。
最近は、アルコールを飲めるけど、あえて飲まない「ソバーキュリアス」という考えもある。「ワイン好きの人でも、また違った楽しみができると思います」と福本さん。飲める人も、あえてノンアルコールのペアリングに挑戦してみてはいかが?
ちなみに前述のエゾ鹿のサルシッチャ(腸詰め)は、狩猟したジビエを加工販売する豊頃町のエレゾ社に、特別に依頼して作ってもらっているもの。農業被害や交通事故をもたらす野生の鹿は、北海道にとって頭痛の種で、狩猟対象となっている。OTTO SETTE TOMAMUでは、冬のメニューのメイン料理として鹿肉のローストを出すこともあるという。
元ゴルフ場をファームエリアにして牛を放牧飼育
さて、冒頭でも述べたとおり、星野リゾート トマムの広大な敷地のうち、およそ100ヘクタールがファームエリア。雪の降り積もる冬以外は、およそ30頭の牛がここで放牧飼育されている。じつはリゾート開発が始まりゴルフ場となるまで、ここには700頭もの牛が飼われ畜産業が営まれていたそうで、「いわば、原点回帰なんです」と、ファーム化プロジェクトに立ち上げから携わる宮武宏臣さんは言う。
牛はストレスを与えられると乳質が悪くなるので、広大なファームエリアでの放牧は大事。ホルスタインを主に、ブラウンスイスやジャージーなどの牛が飼われ、朝夕2回搾乳している。季節によって量は異なり、夏場でおよそ200リットル。その「トマム牛乳」はレストランなどの施設で飲める。
飲んでみて「おやっ」と思ったのは、黄色味が強いこと。「黄色味が強いのはカロテンがたくさん含まれているからで、青草を食べて育つ放牧牛の特徴です」と宮武さん。カロテンは人の体内でビタミンAに変換され、免疫力の強化やアンチエイジングに効果があるらしい。
2022年9月にファームカフェ「ファームデザインズ」がグランドオープン。ファームエリアが一望できる位置にあり、牛が青草を食む様子を眺めながら、トマム牛乳を使用したソフトクリーム、ホエードリンク、それにトマム牛乳が原料のモッツァレラチーズを挟んだ生ハムモッツァレラのパニーノなどを味わうことができる。
それからもうひとつ、ワイン好きなら忘れてはならない施設が、2020年の暮れ、ショップやレストランが並ぶホタルストリートにオープンした「TOMAMU Wine House」だ。ここには「ドメーヌ・タカヒコ」「KONDOヴィンヤード」「モンガク谷ワイナリー」「10Rワイナリー」など、入手難易度Aクラスの北海道産ワインが揃っている。
窒素ガス充填式のワインサーバーから16種類のワインが、30ccの少量からテイスティング可能なほか、カラフェに移して部屋に持ち帰ることもできるようになっている。ファームで作られたチーズと一緒に、北海道のケルナーやピノ・ノワールをじっくり楽しむのもよいだろう。
その土地ならではのガストロノミーを堪能できる星野リゾート
トマムといえば雪とスキーのイメージだけれど、青草に覆われたフィールドで身体を伸ばし、元気いっぱいの牛やヤギを眺めながら、澄み切った空気を満喫するのも素敵なバカンス。なにより北海道ならではの豊富な食材が胃袋を満たし、貴重な北海道産ワインも堪能できるのだから、リゾナーレトマムはグルメ&ワイン愛好家にはたまらないデスティネーションだ。時間の関係でトマム山山頂付近から雄大な雲海を眺める「雲海テラス」に行けなかったことが唯一の心残り。次回来ることがあれば、標高1088メートルの天空からの絶景を拝みたい。
5回連続でお届けした星野リゾートの食とワイン。土地ごとに魅力の食材があり、各レストランのシェフがその持ち味を100パーセント引き出して生み出す料理の数々。そして全体の調和を第一に、考え抜かれたワインペアリングが料理をさらに引き立てる。ことに八ヶ岳では山梨・長野、トマムでは北海道の希少な日本ワインとも出合える素晴らしさ。プライベートでぜひもう一度、振り返りの旅をしてみたくなる体験となった。
【今回の食事とワイン】
小前菜「彩り豊かな小さな前菜」/ヴィッラ フランチャコルタ・エクストラ・ブリュット・ミレジマート 2015
冷前菜「海の幸を詰め込んだテリーナ」/アンセルミ カピテル・フォスカリーノ 2020
パスタ「カニのタヤリン フィノッキオの爽やかな香り」/ル・レーヴ・ワイナリー MUSUBI 2021
温前菜「エゾ鹿サルシッチャのストゥファート」/サン・フェレオーロ ランゲ・ロッソ・アウストリ2013
魚料理「キンキのヴァポーレ」/イレンカ ピノ ノワール2020
肉料理「牛肉のアロースト ジャガイモのパッサータ」/ブガンツァ バローロ2015
プリモドルチェ「トマム牛乳のジェラート」
ドルチェ「秋の果実とパンナコッタ」/ロッコロ・グラッシ レチョート・デッラ・ヴァルポリチェッラ
OTTO SETTE TOMAMU 秋限定メニュー
期間:〜2022年10月31日
料金:1名¥15,730、ワインペアリングは¥9,500、ノンアルコールペアリングは¥5,500(税・サービス料込)
営業時間:18:00〜20:30
予約:公式サイトにて要予約
対象:宿泊者、日帰り客ともに利用可(7歳以上)
※食材の入荷状況により、料理やワインが変更となる場合がございます。
星野リゾート リゾナーレトマム
住所:北海道勇払郡占冠村字中トマム
TEL:0167-58-1111(星野リゾート トマム代表電話)
客室数:200室
料金:1泊¥21,900〜(2名1室利用時1名あたり、税・サービス料込、朝食付)
アクセス:新千歳空港からクルマで約100分