世界のガストロノミーの潮流に大きな影響を及ぼす「The World’s 50 Best Restaurants」(以下、ベスト50)が、去る10月5日に、ベルギー・フランダース地方のアントワープで行われた。その順位は、世界中の食の評議員の投票によって決まる。コロナ禍を経て、2年半ぶりの開催となった今回、果たしてガストロノミー地図に変化は見られたであろうか?発表されたランキングや特別賞から、現在の美食の傾向やベスト50の影響力・役割を、現地で取材したライターが読み説いていく短期連載第1回目。
真の殿堂入りを果たした「ノーマ」
まずはより深く、ベスト50の内容を理解するために、投票の方法やランキングのシステムを簡単に説明しよう。冒頭に記した通り、ランキングは投票制だが、食の評議員は、世界26の国と地域にそれぞれ40人。内訳けはジャーナリスト、フーディーズ、レストラン関係者が1/3ずつで構成されている。計1,000人以上にのぼり、それぞれ、10軒の持ち点のうち、6軒を自国の店、4軒を海外の店に投票する仕組みだ。
また、票の偏りを避けるために、評議員は毎年1/3ずつが入れ替わることが条件。それら評議員の公正な投票の合計がそのままランキングとなる。昨今のシステム上の大きな変動としては、2018年から1位になったレストランは、ベストオブベストと呼ばれ、殿堂入りし、ランキング外になるようになったことが挙げられる。
ベスト3の実力と、世界のガストロノミーの潮流
大方の予想通り、1位はデンマーク・コペンハーゲンの新生「ノーマ」であった。なぜ“新生”なのか?実はノーマは移転前に4回、1位を獲得している。その後、スタッフ全員で東京を含め、世界3都市でポップアップレストランを開催したことを記憶している方もいるのではないだろうか。
その後移転し、新生ノーマとして復活した。その間に、ベスト50の規約で、1位になったレストランはランキングから外れるというルールができたのだが、“新生”であればランクインできるという理由で、'19年に再び2位にランクイン。1位だったフランス・ニースの「ミラズール」が殿堂入りしたため、前回の2位からスライドしての1位となったのだ。
移転後のノーマでは、冬は海の幸、夏は野菜、秋はジビエと山の幸というように、季節性をはっきり打ち出したメニューが組まれ、料理のコンセプトがより深堀りされている。食材一つ一つに対する考察もさらに多角的になり、シェフのレネ・レゼッピが現代のガストロノミー界に与えた影響ははかりしれないと、その位を称える声は大きい。
2位のコペンハーゲン「ジエラニウム」のシェフ、ラスムス・コフォードは、ベスト50では唯一、'19年のボキューズ・ドール(リヨンで開催される食技能のコンクール)での優勝経験者であり、その技術と卓越したセンスは常に高評価を得ている。前回の5位からの上昇を含め、ニューノルディックの底力を感じさせてくれる。
そして3位が、スペイン・ビルバオ郊外の「アサドール・エチェバリ」。シェフのビットール・アルギンソは独学で料理を学んだ人物。薪火のみで調理をするという独自の技法は、世界的に多大な影響を与えたということで、シェフたちの投票でベストシェフを選ぶ「シェフズチョイス」賞も受賞した。彼があみ出した薪火調理に、日本も大きく感化されたことは、よく知られるところである。
このベスト3の受賞は、現在のガストロノミー界における北欧勢とスペイン勢の強さと、その源にある素材へのリスペクトとオリジナリティーを象徴しているともいえよう。
ノーマは真の殿堂入りを果たしたわけであるが、来年のランキングも気になるところだ。2位、3位からのスライドはもとより、今回は4位と、数年来、安定的に上位をキープするペルー・リマの「セントラル」のジャンプアップも考えられるのではないか。シェフのビルヒリオ・マルティネスは、標高3000mから海中までのペルーの豊富な食材を駆使する美食の魔術師である。'18年、クスコにペルーの生態系や歴史をテーマにしたレストラン「ミル」を開き、そこを切り盛りする妻のピア・レオンも「ベスト・フィメールシェフ」賞を授賞している。料理におけるSDGs的価値を高める動きに、一層の注目が集まりそうだ。