三好康児、武藤嘉紀、中島翔哉、柴崎岳……。己の成長、その先にある目標を目指して挑戦し続けるフットボーラーたちに独占インタビュー。さらなる飛躍を誰もが期待してしまう彼らの思考に迫る。4人目は、スペインで5年半にわたって戦い続ける、CDレガネスMF・柴崎岳。2回目。
理想の自分との距離を、今どう感じているか
鹿島アントラーズで迎えたプロ2年目のオフ、柴崎岳は旅行を兼ねてスペインを訪れ、カンプノウの3階席からFCバロセロナの試合を観戦した。
ピッチではシャビとアンドレス・イニエスタが気持ち良さそうにボールを動かし、ピッチサイドではジョゼップ・グアルディオラ監督が指示を出している。かねてからスペインでプレーすることに憧れていた青年は「いつか、このクラブでプレーしたい」という思いを強めた。
2017年1月にスペイン移籍を実現した柴崎はここまで、CDテネリフェ(2部)、ヘタフェCF(1部)、デポルティーボ・ラ・コルーニャ(2部)、CDレガネス(2部)と4つのチームでキャリアを重ねてきた。
テネリフェでは1部への個人昇格を果たし、ヘタフェではカンプノウでバルセロナと対戦するなど、目標の舞台が日常になった。だが、デポルティーボでは3部に降格し、レガネスではあと一歩のところで1部昇格を逃した経験もある。
スペインで5年半にわたって戦い続けるなかで、中盤の選手としてプレーの幅を広げ、成熟してきた一方で、憧れのクラブにはたどり着いていない。思い描いていた理想の自分との距離を、今どのように感じているのか。
「近づいている部分もあれば、かなりかけ離れている部分もある。そこがマッチしなかったんだなって、分かった部分がありますよね。そのふたつは同時進行で進んでいなかったんだなって。ただ、昔に描いていた理想は、今となってはどうでもいいと思うことが多々あって。縛られ続けていると迷走して、病んでいくというか。理想を掲げる時期はありつつ、いかにその理想から逃れていくかが、大人になるにつれて大事になると、最近は感じていますね」
どのクラブでプレーするか――。これは選手個人の力では、どうにもできない問題だ。思い描く理想のクラブに加入できる選手は、世界を見渡してもほんのひと握り。それ以外の選手たちは移籍市場の動向など、他力本願な部分もある。
しかも、コロナ禍の今はどのクラブも財布の紐が堅くなっている。もともとスペインリーグは外国人枠があるため、日本人がプレーするのが難しいリーグでもある。久保建英も外国人枠に阻まれ、レアル・マドリーに戻ることができなかった。
日本代表で柴崎とチームメイトだった2歳下の中島翔哉は、かつて「チャンピオンズリーグで優勝する」といった目標を掲げ、メガクラブへの移籍を夢見ていたが、今は「サッカーを楽しむ」「少しでもうまくなる」ことを目標にし、その結果として、どこにたどり着けるか、というマインドに変わっている。
現在の柴崎にとっても、大事なのはどこでプレーするかではなく、サッカー選手としてどう成長していくか、ということなのだろう。
「理想の自分になってみたら、意外と自分の思い描いていた環境でなかったりするかもしれない。自分が今、好きだと感じることを追求していった結果、自分の想像していなかった自分になれるかもしれない。そのほうが面白いんじゃないかなとも思っていて」
何が正解で、何が不正解かは誰にも分からない。そして、理想を追い続けることは素晴らしい、という決めつけが自身の可能性を狭めてしまうことを、30歳を迎えた柴崎は感じているのかもしれない。
「どこかのクラブの一員になりたいっていう目標や夢は、サッカー少年だったら誰でも持つものですよね。仮にそれが成し遂げられなかったとしても、目指すことで今の自分になれたと捉えることもできる。あるいは、その目標に向かって突き進んできたけれど、行き詰まったときに違う考え方ができれば、さらに進んでいけるんじゃないかとも思っていて。そこの切り替えがうまくできるといいんじゃないかな」
スペインでプレーすること、バルセロナの一員となることを目指したからこそ、今の柴崎岳が形成されたのは紛れもない事実だ。そして、スペインでの7シーズン目を迎え、バルセロナでプレーするという夢が実現する可能性は低くなっている。
柴崎はすでに、考え方を変えた。
異国で暮らすことで出会える新たな自分、自然体で出会えるプレーヤーとしての新たな自分を楽しもうとしているのだ。おそらく柴崎は、選手としても、人間としても、そんな未知なる自分にワクワクしながら、今を生きているのだろう。
サッカーがうまくなることが楽しい
柴崎にとって鹿島の大先輩である小笠原満男は「岳が頑張っているのを見ると、悔しいよね」と羨ましそうに語ったことがある。彼自身は欧州でキャリアを重ねていくことを目指しながら、1年でJリーグ復帰を余儀なくされていた。
「人生、いい思いばかりするより、悔しさを味わって、そこから這い上がるのが大事。一度そういう経験をしたやつは、やっぱり強いですよ」
小笠原が言うように、歯を食いしばりながらやってきた過程にこそ大きな意味がある。
そして歯を食いしばってきたはずの過程も、柴崎は苦ではなかったという。
「『仕事が楽しければ人生も愉しい』という雑誌(『GEOTHE』)のテーマに反するんですけれど(笑)、僕はそもそもサッカーを仕事と捉えたことがあまりないんです。なので、努力しているっていう感覚がなくて。サッカーがうまくなることが楽しいので、うまくなるためにしていることを苦に感じることがない。逆に、自分が日々積み上げていくことを苦に感じたら、辛いんじゃないかなって。もし、それが楽しくなくなったら、引退するときなのかなと」
サッカーがうまくなりたいから、楽しいから、柴崎は日々ボールを蹴り続ける。そしてその先に4年に一度の祭典が待っている。
3回目に続く。
Gaku Shibasaki
1992年青森県生まれ。青森山田高校1年生にして、背番号10を背負う。2011年、鹿島アントラーズに入団、同年ベストヤングプレーヤー賞も受賞。’17年より、スペインリーグへ移籍し、現在はCDレガネス所属。日本代表には、’12年に初選出され、2018年ロシアW杯では4試合に出場。’18年、女優の真野恵里菜と結婚。