PERSON

2022.09.05

【綾野剛×操上和美】前代未聞、圧倒的なスケールの肖像作品集『Portrait』が誕生

綾野剛(40)が切望した、日本最高峰の写真家・操上和美(86)との極限表現。毎月一度、同じスタジオ、同じポジションでの、これまで例を見ないストイックな撮影を敢行した。火花を散らすような濃密な8ヵ月を経て、変化し続ける男の顔を見事に収めた『Portrait』は、完全受注作品。発売日は、綾野の41歳の誕生日、2023年1月26日予定だ。

ayano

『Portrait』は、一本の電話から始まった(制作を記録したプロダクション・ノートより)

2021年の3月頃、編集部に操上和美事務所から電話が入った。操上は写真の世界で最も畏敬の念を抱かれる最高峰の存在。要件は「30代最後の、今の自分を撮ってほしい」と綾野剛に切望された操上からの、一緒にやりませんか、という声がけだった。この時、1982年1月26日生まれの綾野は39歳。1936年1月19日生まれの操上は85歳を迎えていた。ちなみに今作の発売予定日は、綾野の誕生日から決められている。

初めての打ち合わせは、操上の白金にある撮影スタジオも併設する事務所で行われた。話は終始スムーズだった。綾野は操上との創作にただならぬ喜びを感じていて、その思いを語った。

今を集中して生きるとは? 限界は分かってからが面白い。天井を押し上げていくことを諦めない。才能は能力ではなく、意識ではないか。モノクロ写真は被写体の嘘が全く通じない。そして、アートワークとして、操上の血が通っている空間で何かを残したい、など、話は表現の根っこにある生きる姿勢など多岐に及んだ。その度、操上は撮影の大胆で具体的な手法をいくつも挙げて綾野に応えた。

綾野剛

しかし振り返れば、今作の発想のきっかけは、その数ヵ月前に綾野が初めて操上の事務所に出かけた時にあるようだった。

「額に飾られた、とある男性の写真に出合ったんです。その肖像写真はなんというか"写っている"のではなく、ただそこに"存在"していました。そして、その写真は、いつ頃撮られた写真なのか全く分からなかった」と言う。

「なぜなら時間が、時代が写っていなかったんです。ふとある言葉を思い出しました。役者を始めた頃、『写るのではない。ただそこに居ればいい』。僕自身の創作の原点だったと思い出しました」

この日、綾野が、操上から芝居をしないで欲しいと言われたことに愛情を感じた、と本当に嬉しそうにしていたことが印象的だった。表現せずして、写真になるのか。これまでの自分がそのまま写ってしまうことへの恐れ、それを超えたいという闘争心と願望が入り混じっているように見えた。そこでたどり着いたのが、何も考えない状態を目指すこと。二人のこのムードを大事にしていくことだったように思える。

操上も言う。

「やっぱり、つい広げて撮りたくなってしまうので。広げるってことは場の力を借りるとか、あるいはシチュエーションによって、人間の心模様が変わっていく感じを演出するとか、そういうことになるのだけれども、それを一切廃して綾野さんが30代最後の、40歳までの今の自分を撮ってほしいということだったので、顔しかないなと。そして撮り方はストイックに撮ろうということになった。どこかへ行って広げて撮るのではなく、タイトな感じで」

綾野剛

ポイントはいわゆる写真集ではなく、アートワークのような作品集。そこからこれまでに類を見ない撮影が始まった。毎月一度撮影する。終わりは決めない。場所は操上のスタジオのみ。カメラのポジションも毎回同じ。ロケ撮影も一切なし。

「情景も何も排除して、定点観測のように顔だけ撮り続けた。コートを着た彼がスタジオ前に横付けされた車から降りてくる。スタジオにゆっくり入ってきて、マスクを着けたそのままスッとカメラの前に立つ、というようなこともありました」と操上。

何とも言えない雰囲気を醸し出す、この時の写真は表紙に採用された。

操上は撮影の際、三脚を使わずカメラを手持ちで挑む。いつものサングラスを外し、ファインダーを覗く操上の目はたとえようがないほど鋭い。一方、綾野がレンズを見つめる目もまた独特の眼光を放ち、二人のセッションはまさに一対一の真剣勝負で周囲は誰も立ち入れない。シャッター音だけが響き続ける。更に綾野は自分から要望は言わず、ただただ自らをさらけ出し続ける。

「あえて言えば決闘だね」と操上が言う撮影は殆ど打ち合わせもなく始まるが、終わるときはお互い言葉も交わさないのに、計ったかのように同時にすっと終わりを迎える。まさに二人だけの世界。二人で讃えあうように軽く抱き合って、言葉を少し交わし、綾野はまた車に駆け込み帰っていく。それが2021年の新緑の5月から肌寒い12月、年の瀬まで続いた。

綾野剛

今回、操上が心に思い続けていたのは「ブレないこと」だと言う。

「自分がブレて、もっと何かいろいろ技を使って撮らないように、定点観測的に日々の移ろいというか。綾野さんが他の仕事をしてきて、撮影だと言ってバッと入ってきて、パッとカメラマンの前に立つ、その瞬間からセッションが始まるわけですが、そのことを中心に撮り続けるっていうのかな。頭で考えて、ああしよう、こうしよう、こうしたらもっと良くなるんじゃないか、という邪心を排除して、ひたすら観測するという、見る・見られるっていう関係、引いたり寄ったりしないという距離感です」

また「その時々の役柄とか、私生活とかを通じて顔も身体もどんどん変化する、そのプロセスが面白い。顔だけに集中することで、どれだけ全体を出せるか、深みに入れるか。ある種、実験でした」と操上が言うように、綾野は驚くほど毎回、違った空気をまとって現れた。ある時は1ヵ月で筋肉だけで体重を10kg増やし、ある時は水すら飲むのを制限して華奢な身体の男になっていた。人間の身体はここまで変えられるのかと我々は心底驚いた。

そんな中、操上にとって最も忘れられない撮影がある。

「2回か3回目の2021年6月の撮影の時に突然、彼が涙を流したんです。いわゆる演技で泣くのではなく、突然泣くっていうシチュエーションに、彼の心の中がどう変化していったのか。こっちはそれに反応して、静かにシャッターを切り続けるという感じでしかなかったんですけど。そういう風に感情の起伏がある人間としての綾野剛。なぜ泣いたかとか、もちろん知りませんし聞きません。しかし、とても印象深かった」

綾野剛

今回のアートディレクションは操上の盟友とも言える葛西薫だ。

「なぜ信頼しているかと言えば、これは面白くするためにいろいろやってやろうとか、アバンギャルドにやろうとかいうタイプではなくて、葛西薫的な絶対的な品位を保ちつつ、圧倒的な編集能力というのが上品で、どんな仕事にもデザイン力がある。そして、作品に対して、強い愛情があるから」と操上は教えてくれた。

デザイン打ち合わせで、葛西に綾野はいくつも質問を投げかけ、関係を深めていったように見えた。そして写真点数545、総ページ数560頁、縦28センチ、横21センチ、厚さ4センチ、重さ約1.2kgの圧倒的スケールの作品集が生まれた。紙は独特の風合いを持つモンテシオン(フロンティタフ80)。初めて手にした瞬間、古い倉庫から持ち運ばれたような味わいを持ち、時代の感覚を忘れさせるような仕上がりになっている。デジタル時代の今だからこそ、最初から経年劣化したような、書籍の傷やシワすらも愉しんでほしいという思いが込められている。そして本作は完全受注生産となっている。

途方もない撮影を経て、生まれた今作を綾野は言う。

「物語もなくフィクションも存在しない削がれたところから表現を学んでいく。ポートレートという世界に身を投じることによって原点に立ち返れました。操上さんとの挑戦という名の決闘の日々は、作品と自身と他者と向き合うことの大切さを改めて教えていただきました」と。

一方、操上はこのように思い返した。

「ある意味では、自分が試されてるというか。演出家・カメラマンとしての能力はあるのだけれども、変なことを考えないで、まっすぐ観察する。そういう観察力と反応していく自分自身をコントロールできるかということだった」

『Portrait』はまさに肖像作品集と言う意味合いそのもの。100年先でも、100年前でも、違和感がない、時代が映らない作品となり、クリエイションとしては最高峰のものとなった――。

綾野剛

綾野剛・操上和美 著/幻冬舎 刊 ¥9,900
A4変型判/全560頁/ソフトカバー
写真はすべてモノクロ

【オリジナル特典など】
通常特典:すべての購入者様に特製ポストカードをプレゼント(撮影風景動画 QR コード付き)。
ネット書店および全国書店にて絶賛予約受付中
Amazonでの購入はこちら ※通常特典のみです
楽天ブックスでの購入はこちら ※通常特典のみです

限定特典綾野剛モバイル(会員限定)よりご購入いただいた方/直筆サイン(綾野剛)をお付けいたします。

イベント:オンライントークショー開催予定(綾野剛・操上和美出演)
※指定の書店サイトよりご購入いただいた方から抽選でご招待。詳細は後日お知らせいたします。

※特典は予告なく変更になる場合がございます。予めご了承くださいませ。

Go Ayano
1982年岐阜県生まれ。2003年ドラマ『仮面ライダー555』で俳優デビュー。’11年NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』で一躍注目を集める。その後もドラマ『最高の離婚』『八重の桜』『空飛ぶ広報室』と出演作が立て続けに話題となり、第22回橋田賞新人賞を受賞。また映画『横道世之介』『夏の終り』で第37回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。’14年には主演映画『そこのみにて光輝く』で、第88回キネマ旬報ベスト・テン、第36回ヨコハマ映画祭、第69回毎日映画コンクール、第24回日本映画批評家大賞、第29回高崎映画祭などの主演男優賞を受賞した。2022年に主演を務めたTBS日曜劇場『オールドルーキー』も話題に。

Kazumi Kurigami
1936年北海道富良野生まれ。主な写真集に『ALTERNATES』『泳ぐ人』『陽と骨』『KAZUMI KURIGAMI PHOTOGRAPHS-CRUSH』『POSSESSION 首藤康之』『NORTHERN』『Diary 1970-2005』『陽と骨Ⅱ』『PORTRAIT』『SELF PORTRAIT』『DEDICATED』、そして2020年、ロバート・フランクに捧げた『April』など。主な個展に「KAZUMI KURIGAMI PHOTOGRAPHS-CRUSH」(原美術館)、「操上和美 時のポートレイト ノスタルジックな存在になりかけた時間。」(東京都写真美術館)、「PORTRAIT」(Gallery 916)、「Lonesome Day Blues」(キヤノンギャラリーS)など。

TEXT=ゲーテ編集部

PHOTOGRAPH=操上和美

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