PERSON

2022.06.26

元外交官トップ・佐々江賢一郎「その国の小説で、その国の作法や考え方がわかる」

外交官のトップである外務事務次官を務め、さらには駐米大使としても活躍した敏腕外交官・佐々江賢一郎氏による連載「元外交官トップ・佐々江賢一郎の超交渉術」。第5回は数々の困難な交渉を乗り越えてきた佐々江氏が交渉のヒントを得たという小説やドラマについて。【過去の連載記事】

中国や韓国、ロシア、アメリカ。その国の小説を読むと気づきがある

小説はよく読みました。小学5年で両親が読んでいた山岡荘八の『徳川家康』に感動して以来です。どんな人物が歴史上に現れるのかに関心が向かい、それを書いた作家を理解するために書いたものを全部読もうとする。それが愛読書になっていく。

阿川弘之、司馬遼太郎、三島由紀夫、大江健三郎……。とにかく幅広く読みました。池波正太郎の本はほぼすべて読んでいます。藤沢周平も愛読しましたし、宮城谷昌光先生の本は中国の古い時代の壮大な叙事ドラマで、面白かった。

中国を舞台にした小説は、中国人の考え方や権力政治などは、自分たちと違う物差しで見ないといけないんだな、と思いながら読みました。外務省アジア大洋州局長時代に中国と難しい交渉をしたときなど、ずいぶん役に立ちました。

韓国や北朝鮮、ロシア、さらにはアメリカもそうですが、その国の小説や物語を読んでいると、その国の人たちが共有している作法や考え方があることに気づくことができます。

日本人にはよくわからない、どうしてなんだろう、というとき、考え方の道筋の立て方が違ったり、物事の受け止め方が違うことはよくあることです。

それが例えば、中国の三国志や戦国春秋などの時代小説などに出てきていたりする。客人のもてなし方にしても、アメリカ人と中国人とではまったく違うのです。中国では、客はもてなす側の作法に従うのが礼儀。一方で、アメリカでは客がカンフォタブルで心地よく過ごせることが礼儀。

中国には中国の作法があり、その作法に従わないと摩擦が起きる可能性がある。中国は権力的な序列についても、日本の想像を絶するほど厳しい。こちらがうっかり、相手に失礼なことをしかねない。しかし、中国の時代小説を読んでいれば、ちゃんとヒントがあったりします。それをどのように受け入れるかは別ですけれど。

日本でも、今に続く考え方が、戦国時代の物語から読み取ることができたりするでしょう。時代も変わり、政治も変わっていくわけですが、古来からずっと受け継がれているような、ある種の人間的な変わらぬ取り組みというのは、どの国にもあるのです。

例えば、日本ほど男女の区分けにうるさい国はありません。世界で、かなり特殊です。それは、男性と女性とで、言葉が違うというのも大きいと思います。多くの外国では、必ずしもそうではない。ここからして、特殊なのです。最近変化はありますが。

しかし、これは外国人にはわからないことです。ところが、日本の小説などを読んでいれば、多少は見えてくるわけです。

時代劇に描かれる人間の機微

子供の頃は、大人が見ている時代劇のドラマのどこが面白いんだろうと思っていました。ところが、ある程度の年齢になってくると、だんだん面白いと思うようになった。人間の機微が描かれているわけですね。そこに、共感が生まれる。

時代劇ですから、舞台は創作的なわけですが、それを現実の如く感じさせる楽しさがある。現実世界もそう単純ではありませんが、これは時代劇の世界と同じだな、と思えることはけっこうある。時代を超えて、です。

特に人間の感情のやりとりがそうでしょう。愛し愛され、騙し騙され、という世界がある。それはやはり面白い。

小説も読みますが、ドラマも見ます。韓国や中国の歴史物のドラマも、とても面白い。それこそ、銀河チャンネルで「チャングムの誓い」から「長安 賢后伝」まで、片っ端から見ていることもあります。実はこの時間が精神的な解放になっていたりします(笑)。

韓国のドラマと比べると、中国のドラマのほうが深刻なものが多い。そして、日本では考えられないほど陰謀・策謀が激しく飛び交う。それが現実の中国だとは思いませんが、中国のドラマを作る人たちの頭の中は、こういうことをすると面白い、と思うような世界なのだな、ということがわかります。

トルコのドラマも独特で、セリフがポエティックなのです。ある意味、シェイクスピア的。普通の言葉で言えばいいことも、詩的に言う。こういうところも、学びになりますね。

Kenichiro Sasae
1951年岡山県生まれ。東京大学卒業後、外務省入省。北米第二課長、北東アジア課長、内閣総理大臣秘書官、総合外交政策局審議官、経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官、外務事務次官などを歴任する。2012年には駐アメリカ合衆国特命全権大使に就任。’18年より日本国際問題研究所の理事長を務める。

【連載 元外交官トップ・佐々江賢一郎の超交渉術】

TEXT=上阪徹

PHOTOGRAPH=太田隆生

PICK UP

STORY 連載

MAGAZINE 最新号

2025年1月号

シャンパーニュの魔力

最新号を見る

定期購読はこちら

バックナンバー一覧

MAGAZINE 最新号

2025年1月号

シャンパーニュの魔力

仕事に遊びに一切妥協できない男たちが、人生を謳歌するためのライフスタイル誌『ゲーテ1月号』が2024年11月25日に発売となる。今回の特集は“シャンパーニュの魔力”。日本とシャンパーニュの親和性の高さの理由に迫る。表紙は三代目 J SOUL BROTHERS。メンバー同士がお互いを撮り下ろした、貴重なビジュアルカットは必見だ。

最新号を購入する

電子版も発売中!

バックナンバー一覧

SALON MEMBER ゲーテサロン

会員登録をすると、エクスクルーシブなイベントの数々や、スペシャルなプレゼント情報へアクセスが可能に。会員の皆様に、非日常な体験ができる機会をご提供します。

SALON MEMBERになる